天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜


 黒緋の寝殿(しんでん)を出た私は(みやこ)の大通りを歩き、人でごった返す(いち)を抜けます。
 私は前を向いて歩き続けます。(うし)ろを振り返れば立ち止まってしまいそうなのです。だって。

「あうあー、あー!」
「せいらん、シーだ。シー。しずかにしないと、ははうえにきづかれるだろ?」
「あうー……」

 紫紺と青藍が隠れながら後をついてくるのです。
 何度も帰りなさいと言っているのに、そのたびに紫紺はぐっと唇を噛みしめてついてくる。おんぶした青藍は私に向かって「あぶぶっ、あー!」と呼びかけてくるのです。
 二人の気配を感じながらそれでも歩き続けました。
 しばらく歩き続けて(みやこ)の正門に差しかかります。
 この正門を越えれば(みやこ)の外。もう二度と(みやこ)の地を踏むことはありません。
 私は一歩踏みだそうとしましたが。

「わあっ!」
「あぶ!」

 背後で紫紺が転びました。
 思わず立ち止まってしまう。

「あ、あう〜、うっ、うっ」

 青藍の泣き出しそうな声。
 紫紺が転んだので青藍はびっくりしたのです。

「せいらん、なくな! だいじょうぶだから! いたいとこないから!」
「うっ、うっ、うええええええええん!! えええええん!!」

 聞こえてきたのは青藍の大きな泣き声。
 泣き声を振り切って前へ歩きたいのに、後ろから聞こえてくる紫紺の声と青藍の泣き声に足が動かない。まるで地面に()い付けられたよう。
 私は震える指先を握りしめました。
 今すぐ駆けよって転んだ紫紺を抱きしめたい。泣いている青藍を抱きしめたい。
 大丈夫ですよ、抱っこしてあげます、いい子ですね、そんなたくさんの言葉をかけて慰めてあげたい。
 だって二人は私の可愛い子どもたちなのです。

「ははうえ……」

 立ち止まったままの私に紫紺が声をかけてきました。
 その声は心細そうに震えていて、胸が痛いほど締めつけられる。
 紫紺、青藍。今すぐその名を呼んで抱きしめたい。抱きしめたいのです。

「ははうえ……」

 また呼ばれて、(うし)ろから着物の(すそ)をぎゅっと握られました。
 離しなさい。そう言わなければならないのに言葉が喉に貼りついて出てこない。
 だって紫紺の小さな手が縋るように私の着物を握りしめていて、私の視界が涙で滲《にじ》む。

「っ……、どうして、どうして言うことを聞いてくれないんですかっ……」

 いつも紫紺は聞き分けがいいのに、どうして今はそんなに言うことを聞いてくれないんですか。
 でないと私は、わたしはっ……。

「……オレもいっしょにいきたいんだ」
「うええええん!!」
「せいらんもいっぱいないてる……。ははうえに、だっこしてほしいって」
「ぅっ、……紫紺! 青藍!」

 私は(たま)らなくなって紫紺と青藍を抱きしめました。
 すると紫紺はぐっと唇を引き(むす)んだかと思うと。

「っ、ははうえ! ははうえっ、ははうええっ! うわああああああああん!!」

 私にしがみついて大きな声で泣きだしました。
 おんぶされていた青藍も泣きだした兄上に驚いて「うええええええええん!!」とまた泣きだしてしまう。
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