天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「あの、私はこれからどうなるんでしょうか……」
「なにも変わらない。腹も(ふく)らまないし、十月十日(とつきとうか)もかからない」
「え、それじゃあどうやって生まれてくるんですか?」
「次の満月の夜、庭の池に(はす)の花が咲く。そこに赤ん坊がいるんだ」
「はあ……」

 まるで御伽噺(おとぎばなし)です。
 やっぱり実感が湧きません。
 不思議な気持ちで下腹部を撫でてみましたが、ハッとして指を折って日付けを数えます。

「ひい、ふう、みい、よお、いつ……、次の満月ってあと七日じゃないですか!」
「そうだな、楽しみだ」

 黒緋はのんきに言いましたが私はそれどころではありません。
 あと一週間で赤ん坊が生まれてくるなんて……。

「う、うそみたいです……」
「強い子が欲しい。元気で強い子だ」
「……性別は分からないんですか?」
「いくら俺でも、こればかりはな」

 黒緋はそう言って苦笑すると、私を抱きしめる腕に力を込めました。

「早く寝よう。妊婦のように体が変化することはないが、くれぐれも自分を(いた)わってすごしてくれ。怪我をしたり冷やしたりしないように」
「はあ……」

 やっぱりいまいち信じられません。
 でも黒緋が片腕で私を抱いたままいそいそと布団をかけてくれます。優しいぬくもりに包まれて胸がきゅっとしましたが、当然のように一緒に寝ようとする黒緋に気づいて慌てました。

「え、黒緋様もここで寝るんですか!?」
「どこで寝ても一緒だ。なにか問題でもあるのか?」
「大ありです!」

 即座に言い返して追い出しました。
 恋仲でも夫婦でもないのに同じ(しとね)に入るなんてあり得ませんっ!
 追い出された黒緋は驚いたように目を丸めています。拒否されるなど想像もしてなかったといわんばかり。それはそうでしょうね、黒緋はその容貌もとても精悍で美しいので愛されたいと望む女性も多いはずです。今まで彼が夜伽(よとぎ)を望んで叶わなかったことはないのでしょう。
 私をそんな女たちと一緒にされたくありません。
 子作りの覚悟はしましたが、その必要がないのならないに越したことはないのです。私は伊勢の白拍子、安易に処女を失うわけにはいきません。

「ほんとに寝るだけなんだが……」
「それでもです!」
「……分かった、諦めよう。ただし体を冷やさぬように気を付けるように。側に女官を置いておく、なにかあればすぐに言え」
「そんなに過保護にしていただかなくても……」
「まだ足りないくらいだ。お前は俺の子を孕んでいるんだからな。少しは自覚してくれ」
「黒緋様……」

 頬がじわりと熱くなりました。
 大切にされている実感がなんだかくすぐったい。

「……分かりました。充分気を付けます」
「そうしてくれ。おやすみ」
「おやすみなさい」

 黒緋が床の間を出ていきました。
 気配が遠ざかって床の間に静けさが戻ります。
 さっきまで黒緋がいた場所にそっと触れてみました。
 ……ぬくたい。少しだけ温もりが残っていて、なぜだか胸の鼓動が早くなる。言葉にできない思いがこみ上げて、初めての感覚に困惑してしまう。私はどうなってしまったのでしょうか。
 黒緋を意識すると頬がまた熱くなってしまって、それを振り払うようにぎゅっと目を閉じました。




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