天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
翌日の朝。
私は正門まで黒緋と紫紺を見送ります。
今日も紫紺は朝から鍛錬なのです。
私は用意していたおにぎりを布に包み、紫紺に持たせてあげました。
「どうぞ、お昼に食べてくださいね。たくさん食べてください」
「うん……」
紫紺は小さな両手でおにぎりを受け取ってくれたけれど、どこか浮かない様子なのは気のせいではありません。
昨日の初めての鍛錬は厳しいものだったので、もう楽しい気持ちにはなれなくなったのですね。
紫紺の気持ちを思うと切ないけれど、黒緋に今日はお休みさせてあげてくださいとお願いすることもできません。
「紫紺」
「なに……?」
紫紺がおずおずと見上げてきます。
辛くなったら帰ってきていいのですよ。
怪我をしたら帰ってきていいのですよ。
嫌になったら大きな声で泣いてしまってもいいのですよ。
そう言いたいのに言えなくて、私はぎこちない気持ちになりながらも優しく笑いかけます。
「今日のおにぎりには少しだけ味噌を塗ったんです。おいしいですよ」
「みそ……」
「はい、きっと気に入りますから、だから」
元気をだしてください、……これも言えませんでした。
紫紺は困ったように視線を泳がせだします。
私は優しく笑いかけたつもりだけど失敗していたのかもしれません。困らせてしまいました……。
「では紫紺、気を付けて」
「はい、ははうえ」
私は頷いて次に黒緋を見つめます。
分からないことがたくさんあるけれど、でもたしかなのは黒緋の紫紺を強くすることへの強い意志。その意志の前で私はなにも言えなくなってしまう。
「……いってらっしゃい。あなたのお昼もありますから」
「鶯、いつもありがとう」
「いいえ、私はなにも……」
そう答えながらも少しだけ視線が落ちてしまいました。
黒緋はそんな私を黙って見ていましたが、少しして歩き出しました。
「では行ってくる。紫紺、行くぞ」
「……はい」
「黒緋様、紫紺、いってらっしゃい」
私は頭を下げて二人を見送りました。
紫紺の様子に一抹の不安を覚えます。
まだ三歳の紫紺にとって厳しい鍛錬かもしれませんが、いつか慣れてくれるといいのですが……。
私は二人が見えなくなるまで見送ると、いつものように掃除と洗濯に取り掛かるのでした。
太陽が真上に昇る時刻。
寝殿の裏庭の手入れをしていると、にわかに寝殿内が騒がしくなりました。
炊事をしている式神たちになにかあったのでしょうか。
不審に思って寝殿に戻ると、そこには黒緋がいて驚きました。
「黒緋様、どうしたんですか? お戻りには早いような……」
帰りは夕暮れ頃になると思っていたので首を傾げてしまいます。
しかも黒緋は困ったような顔をしていました。