天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜

 私が黒緋の二人目の子どもを宿してから五日後。
 夜空には満月が煌々(こうこう)と輝いていました。
 そう、今夜は満月。黒緋の赤ん坊が誕生する夜です。
 庭園の池に面した渡殿(わたどの)には黒緋、私、紫紺、萌黄の四人が赤ん坊の誕生を待っていました。

「ははうえ、もうすぐあかちゃんがうまれるのか?」
「そうですよ。もうすぐあなたの弟か妹が生まれるんです」

 興奮した様子の紫紺に教えてあげました。
 紫紺は弟か妹が生まれると知ってから、ずっとこの日をそわそわしながら待っていたのです。
 そしてそわそわしているのがもう一人。萌黄です。
 萌黄は奇跡の瞬間に立ち会えることに感激していました。

「ああ〜、緊張するっ。まさかこんな凄いことに立ち会えるなんて! 伊勢から出てきて良かった!」

 萌黄も今か今かと待っていました。
 静かな満月の夜にはしゃいでいる紫紺と萌黄。せっかく新しい赤ん坊が生まれる神聖な夜だというのに騒がしすぎです。

「二人とも少しは静かにしなさい。赤ん坊がびっくりするじゃないですか」

 注意した私に紫紺と萌黄が()ねた顔になります。

「だって、はじめてみるから」
「楽しみで待ちきれなくて」
「まったく……。気持ちは分かりますが、これは奇跡ともいえる(てん)(わざ)。もっと厳粛(げんしゅく)(のぞ)まなくてはなりません」

 これはお説教が必要そうですね。
 私は二人にしっかりお説教しようとしましたが、「まあ待て鶯」と黒緋が(あいだ)に入りました。

「いいじゃないか鶯。二人も楽しみにしてくれているんだ。それに(にぎ)やかに待つのも楽しいだろう」

 そう言って黒緋が優しく笑ってくれました。
 ……ずるいですね。そんな笑顔で言われたら私はなにも言えなくなるじゃないですか。

「仕方ないですね。……まあ、黒緋様がそう言うなら」
「ハハハッ、こうしてみなで待つのも悪くないな」

 黒緋の笑顔を見ていると私の顔も(ゆる)んでしまいます。
 お説教も小言もたくさんあるのに全部引っ込んでしまったじゃないですか。
 でも仕方ないですよね。私は黒緋の笑顔が好きなのです。見ているだけで幸せな気持ちになれるのですから。
 私は笑顔を浮かべている黒緋の横顔を見つめ、ついで庭園の池に目を向けました。
 その時、夜空の満月が輝きを増す。
 池の水面(みなも)が月明かりの輝きに満たされ、光の粒子(りゅうし)(くき)、葉、そして(はす)(つぼみ)を形作っていく。
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