Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~
緊張を束の間忘れて目を丸くする私へ、その人は口角を上げて面白がるみたいな笑みを作った。
「なんだ、ようやく俺に興味をもったか?」
「いえっ、あの……」
「『いえ』?」
ひぃいいいっ……声が低いですぅ……
「……くくっ」
なぜか笑われてるような気もするが、もう私の頭の中はいかにこの場から逃げ出すか、という一点に集中していたのでそれどころじゃなかった。
「じゃあまずは自己紹介から始めようか。っと、その前に――乾杯」
「でもあの、えっと……」
「乾杯」
ずいっと強引にグラスを差し出されて、万事休すの私はしぶしぶ自分のグラスを手に取る。
「「乾杯」」
カチンとグラスが触れ、2つの水面がわずかに波立ち、煌く。
それは夕暮れの空か、あるいは夜明けの光か……
どこかミステリアスな薄紫色の競演。
私は不安を抱えたままおずおずと、彼に倣ってグラスへ唇をつけた。
コクリ――
すっきりとした甘口のそれが喉を心地よく滑り落ちていく。
あ、美味しい。
嬉しくなってマスターに感想を伝えようと口を開きかけたのだけど、何気なく隣をチラ見た瞬間にボキャブラリーはすべて吹っ飛んでいた。
グラスに長い指を絡めつつ私を流し見る、その人の視線に気づいてしまったから。
そこにあったのは、さっきまでの傲慢とも言える態度ではなく、どこか張り詰めた、不思議な空気で。
その時の私はまだ、なぜそんな風に見つめられるのかわからないまま、魅入られたようにしばらく、視線を外すことができなかった。
そう。それが、私と夫――クロード・ベッカーとの、出会いだった。