三十路アイドルはじめます

5.もう、これ以上剥いちゃダメだよ!

 翌日、出社して早々私はなんと社長室に呼ばれた。

 昨日の約束通り戸次部長のところに朝イチで行ったら、冷たく社長室に行くように言い放たれた。

 それ程、今回の騒動は大きかったということだ。

 ことの大きさには、私は通勤した段階で気がついていた。
 皆が私に軽蔑したような視線を向けてくる。
 このような事態を予想していたから、今日、私は退職届を用意して出社していた。

「昨夜、新渋谷病院の渋谷院長から謝罪があったよ。知り合いの子が君が不倫したと誤解して騒いで申し訳なかった。君に責任はないってね。だから決して辞める必要はないって私も思うんだ。会社的にも君にはやめて欲しくないんだ」

 社長が思っているのとは、全く違う言葉を吐いているのは表情からも明らかだった。
 トラブルを起こした私は必要ないけれど、取引先である新渋谷病院の顔は立てたいのだろう。

 この職場で私の代わりなどいくらでも存在する。
(わざわざ渋谷さんは、うちの会社に連絡してくれたのね⋯⋯)

 渋谷さんには悪いが、私も社会人を8年もやっている。
 今、言葉で何を言われても社長から辞めるように促されていることは分かっている。
 社長は私が自分から「辞めたい」と申し出るのを待っている。

 だから、私は社長の言って欲しい言葉を言った。

「それでも会社に迷惑を掛けてしまったことには変わりがないですから、辞めさせて頂きます」
 私は用意しておいた退職届を出して深くお辞儀をした。

「分かった。君がそう希望するなら仕方ないね。今日にも荷物をまとめて出ていくと良い。今、この会社にいるのもキツイ状況だろうし」

 社長室を出て、心の穴がもはやブラックホールのように大きくなっていることに気がついた。
 会社から退社を引き止めてもらえなかったのは私のせいでもある。

 私は雅紀の医者になるという夢を叶えるためにもお金を貯める必要があった。
 だから就職の時もやりたいことより給与の高い会社を受け続けた。
 内定をとれた中で1番給与が良かったのがラララ製薬だ。

 入社してからも、私はこの会社で給与を稼ぐこと以外の目的を見つけられなかった。
(始業チャイムから終業チャイムまでなんとなく働くだけになってたわ⋯⋯)
 そのように過ごして来たからトラブルが起きた時に切り捨てられて、引き止めてもらえないのは当然だ。

 戸次部長に挨拶し、他のお世話になった人にも笑顔で挨拶できたと思う。
 8年間働いてきて、私はこの職場になんの爪痕も残せなかった。
 他に代わりがいくらでもきく存在にしかならなかった。

 私が会社を出てこうとした時に、同期の間宮玲香が追いかけてきた。
「きらり! ちょっと待ってよ」
 手にノートパソコンを抱えて息を切らした彼女は画面を見せながら必死に話してきた。

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