三十路アイドルはじめます
「すごい! そんな将来のことまで考えているんだね。なら、『フルーティーズ』もプロのパフォーマンス集団を目指すか」

 「えー! 私はそんなキツイのは無理だよ。運動神経切れてるもん」
桃香が甘えたような声で首を振っている。

「桃香、運動神経はみんな繋がってるわよ。桃香はどんなアイドルになりたいの?」
「うちはママがアイドルになりたかったんだけど、うちを妊娠して諦めたんだって。だから、枕やってでもアイドルになる夢を叶えて欲しいってママから言われてるんだ」

 桃香が13歳なのに、「枕」だなんて言葉を知っているのにショックを受けた。
 「枕やれ」だなんて言う毒親がいるとは驚きというか、一度考えを改めさせる為にも保護者面談しておく必要があるだろう。

「枕なんてやっちゃダメよ。自分を大事にしなきゃ。あと、ハグ会をしてCDを売っているみたいだけど、あれもこれからはなし。何を触ったか分からない手で触られるのは嫌でしょ」

「確かに。うちは蝉の抜け殻触った手で触られたりしたら気持ち悪いかも⋯⋯」
 ここで、「蝉の抜け殻」という桃香が幼い感じがして可愛かった。
 でも、なんだか言動からも彼女はとてもアンバランスな気がする。

「私もハグ会やめるのは賛成っす。でも、本気のパフォーマンスは教えてください。私、蜜柑にだけは負けたくないんすよ」
「なんか、蜜柑のやつ倉橋カイトと撮られてリアルタイム検索1位になってたね」

「蜜柑とはどうして拗れちゃったの?」

 私は友永社長から聞いて理由がわかる気がしたが、本当の理由を本人たちに尋ねていこうと思った。

「蜜柑はいつも私たちを見下してたからかな。倉橋カイトとファンタジーランドなんてうちらじゃ絶対いけないっす。でも蜜柑は有名デザイナーの娘で倉橋カイトはそのブランドのアンバサダーなんだ。だから、彼女はそのコネを利用して、今度は写真を撮らせて男を利用してどんどん上がってく仕組みっす。この業界ってコネが1番効くんっすよ」

「うちらは要するに何も持たざるものの嫉妬を蜜柑に持ってたわけだ」

 私はまだ幼いアイドルを目指す2人が現実を見えすぎてて少し哀れに思った。
 純粋に必死に頑張っててもコネを持っている人には叶わないと嫉妬しては現実に失望している。

「負けないよ。本当に必死に頑張っていれば、裏道通ってくるやつになんて絶対に負けないから」

 私は30年生きてきて、本当は努力は報われないことも、人には裏切られることも知っていた。
 それでも、苺や桃香には絶対にそんな風に思ってほしくなかった。

「ちわーっす。大会近いんで部活で遅くなりました」
 遅れてきたりんごが体育会系の挨拶をしてきた。

「りんごは、走り高跳びの東京都代表なんっすよ」
 苺が教えてくれたりんごの情報に私は血が騒いだ。
(このチーム、ポーテンシャル高いわ。一流のパフォーマンス集団になりそう)

「梨子姉さん、超美人だけど今まで御曹司とかIT社長を捕まえられなかったんですか? だからその年でアイドルを?」
 昂った心に、りんごはなぜだか鋭利な刃物を刺してきた。
 私は振られたばかりで恋愛や結婚に対して考える気にもなれず、今は指摘されるのも辛い。

「いや、私は『フルーティーズ』を世に広めたいと思っているだけで、裏方に徹するつもりだから」

 りんごはリッチマンを捕まえることに価値を感じる子なんだろう。
 私は現実主義なので、同じようなバックグラウンドを持った人と結婚したいタイプだ。
 だから、長い間関係を深めてきたと信じていた雅紀との結婚を夢見ていた。

「梨子姉さんが本気なら、自分がうちらの仲間に入らないことはないですよね。ガタイ的にも姉さんが入らないとリフトができません」

 苺が真剣な表情で言ってくるが、きっと彼女は私がチアリーダーの日本代表として活躍していた時の動画を見たに違いない。
 なんだか学生時代に必死に取り組んだチアを思い出し、また気持ちが熱くなってくる

 苺は煽るのが上手く、私は簡単に乗っかってしまった。

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