三十路アイドルはじめます

14.私、離婚しました。(ルナ視点)

 梨田さんの部屋はとってもスッキリ片付いていた。

 ヨガマットの上にダンベルと熊のぬいぐるみが置いてあるのが、何だか面白い。

 この部屋で梨田さんと撮った雅紀の自撮りの写真が、彼のスマホに保存してあったのを思い出した。

 すっぴんでも彼女はびっくりするくらい綺麗だった。
 雅紀は後ろから彼女に抱きつきながら、彼女のほっぺにキスをしていた。
(記憶喪失になれないってキツイな⋯⋯梨田さんもキツイだろうな)

「あの、梨田さんの部屋をうちの玄関くらいの広さと言って申し訳ございませんでした。うちの玄関よりも広いです」

 私は部屋に入った途端、自然と謝っていた。

 それだけじゃない、彼女のことよく知らないくせに私は思いつく限りの言葉で彼女を罵った。
 何から謝れば良いのか分からないし、私が彼女だったら謝られても許さないだろう言葉の数々だ。

「いやいや、私もこの部屋狭いって思ってるんですよ。東京は本当に家賃が高いですよね。私ではここに住むのが限界かです。それよりも、顔色が悪いけど体調は大丈夫ですか?」
 私に座るように促しながら、梨田さんはローズヒップティーを出してくれた。

「大丈夫です。会社辞められてしまったんですね。私が騒ぎを起こしたせいですみません。私、興奮してしまって、自分でも何であんなことをしてしまったのかと反省しています。私、離婚しました。早く、彼の本質に気がついて身を引けば良かったと後悔しています⋯⋯」

 自分が子供すぎて嫌になるが、最近精神が不安定で泣きそうになった。
 妊娠のせいなのか、雅紀のせいなのか、私が幼いのか誰にも相談できず原因がわからない。

 私は自分が泣いて良いような立場ではないと分かっていたので、必死に涙を堪えた。
 泣きたいのは14年付き合った人に裏切られ、8年勤めた会社をやめざるを得なかった梨田さんだろう。

「それを言ったら、私なんて14年も彼の本質に気付かず尽くしちゃってましたから。本当に何であんな男を取り合ってたんでしょうね⋯⋯」

 梨田さんが無理に笑い話にしようとしているのがわかった。
 彼女は無理している時、唇や手が震えてしまうようだ。

「梨田さん、ルナ、もう僕が2人に富田雅紀は絶対に近づけません。梨田さん、今日は部屋に入れてくれて嬉しいです。熊さんにネックレスを掛けるなんてキュートな方ですね」

 私と梨田さんの絶望した空気を読んでいないのか、雄也お兄ちゃんは梨田さんに対して口説きモード全開だ。
 そして、彼の視線の先には某ハイブランドのネックレスをしている熊のぬいぐるみがいた。
(まさか、雄也お兄ちゃんは会って2日でプレゼント攻撃を始めたんじゃないよね。今はその時じゃないよ⋯⋯)

 私は大好きなお兄ちゃんの恋の矢印が明らかに太い一方通行で、行き止まりになりそうで心配になった。

「渋谷さん。今日はルナさんがいたから部屋に上がってもらっただけで、もうここには来ないでください」

 目の前でキッパリと梨田さんが、雄也お兄ちゃんを振っていて私は居た堪れなくなった。

「ふふ、じゃあ、ここに来たいときはルナを連れてこようかな」
 雄也お兄ちゃんは余裕の表情で笑っている。

 彼には彼女に振られたとは思ってないようだ。
(これが大人の恋の駆け引き? よく分からない!)

「梨田さんは今はアイドル活動で生計を立てられているのですか?」
 私は梨田さんの仕事を奪ってしまった罪悪感から、彼女が生計をたてられているのかが心配で堪らなかった。

「アイドル活動はお金にはなっていないけれど、バイトを見つけたから心配しないでください。ちゃんと定職も見つけるつもりだから大丈夫です」

 私のせいで仕事を失ったのに、梨田さんは優しく返してきた。
 雅紀が私にお金を求め、彼女に癒しを求めたのも頷ける。
 このような素敵な人も雅紀のようなクズ男に引っかかると思うと、男のいない世界で暮らしたくなる。

「アイドル活動とは今どのようなことをしているのですか?」
 雄也お兄ちゃんは梨田さんに興味津々だ。

 彼女が歌って踊っている姿に一目惚れしたようだから、また彼女がキラキラしているところを見たいのだろう。
 あの時の彼女は痛々しい歌を歌っているにも関わらず、目が離せなかった。

「『フルーティーズ』というグループがお下がりの曲と振り付けを使っていたみたいで、オリジナルの振り付けに曲をつけようと思っているところです。作曲って難しいんですね」

 『フルーティーズ』といえば、黒田蜜柑がいた中学生くらいの子たちのロリっぽいグループだ。

 どちらかというと梨田さんはモデル系美女で、三十路の彼女があの中に入るのが全く想像できない。
 曲作りに困っているようだけど、私が手伝うことは許されるだろうか。

「あの、振り付けを見せて頂けますか? 私、一応、音大で作曲を学んだ身なので曲作りの手伝いができれば嬉しいのですが」

 これは明らかに自分の為の提案だった。

 
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