三十路アイドルはじめます
音大も休学してしまって実家で腫れ物扱いされながら過ごしている今、私は全てを忘れるように狂ったようにピアノに向かっていた。

 でも、このままだと本当に狂ってしまいそうな不安感に襲われることもあって、どのような形でも社会に関わりたかった。

「良いのですか? そんなプロの人にお願いできるならありがたいです」
 梨田さんが嬉しそうにして、私も気持ちが少し晴れた。

 はっきり言って音大でも多分落ちこぼれの方で、私はプロではない。
 それでも、私はこの仕事に本気で取り組もうと思った。

 口には出せないほど遠い夢だけれど、作曲で生計を立てて親を頼らずお腹の子が育てられれば私も自分を認められるようになれる気がした。

 梨田さんがDVDで『フルーティーズ』のオリジナルの振り付けを見せてくれた。
「凄いですね。私も本気で曲作りをします。なるべく早く納得いくものを出しますね」

 振り付けは今まで彼女たちが踊ってたロリっぽい盆踊りのようなものとは真逆の曲芸のようなものだった。
 私はその本気っぷりに感動して精神が不安定になっているのもあって、涙が溢れそうになった。

「楽しみにしてるけれど、妊娠初期なんだから、無理しないでね。1番大切なのは赤ちゃんだから」

 梨田さんがハンカチを渡してくれて、私は涙を拭いた。
 実家の親からも子を堕ろすように言われて誰にも望まれない子だと思っていたけれど、彼女がこの子が大切だと言ってくれて嬉しかった。

 本当は彼女に色々と謝りたいけれど、謝ったら彼女は絶対許すと言ってくれそうだ。
 だから、私は幼い自分がやってしまったことを反省し、彼女に変わったところを見てもらおうと思った。

「梨田さん、僕に手伝えることはないですか?」
 雄也お兄ちゃんは蚊帳の外になっていたのが寂しかったようだ。

「私の方は間に合ってます。ルナさんを支えてあげてください」
 梨田さんは私には優しいが、雄也お兄ちゃんには敢えて塩対応している気がする。
 2人がうまくいってくれれば嬉しいけれど、2人の距離はとても遠く見えた。
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