三十路アイドルはじめます

26.林太郎じゃ雄也には勝てないよ⋯⋯(林太郎視点)

「急に引越しさせられてびっくりしたんだけど。どいういうことなの?」
 マンションに戻るなり、きらりの部屋を訪ねると戸惑ったような彼女がいた。

 少し離れていただけなのに、何だか随分と会っていないような気になる。
 本当に俺は彼女に完落ちている。

「あのマンションだと、きらりを守れない」
 愛おしさが溢れて彼女を思わず抱きしめてしまった。

 彼女の住んでいたマンションは駅から近いから割高らしい。
 でも、そもそも電車を使うなど危な過ぎる。

 彼女を好きになった男が彼女を尾行して、住まいを突き止めるとも限らない。
 これからは、彼女にSPをつけて送迎もするようにしないといけないと思った。

「あのマンション、脱衣所もない間取りで驚いた? でも、結構愛着があったんだよ」
 無理矢理引越しをさせて、彼女を戸惑わせたかもしれない。
 彼女が少し元気がない気がする。

「説明聞いたと思うけど、きらりのことイメージキャラクターとして守りたいから引越しをお願いしたんだ」
「うん⋯⋯」
 きらりが住んでいたマンションより10倍以上広い部屋だ。

 セキュリティーもしっかりしている。
 それでも彼女は笑わない。

 彼女は別れた男から貰ったぬいぐるみを大切にするタイプだから、思い出を重んじる性格なようだ。

「ここ、芸能人御用達のマンションで、倉橋カイトとかもいるよ。セクシー女優の彼女と同棲している」
「えっ? 倉橋カイトの彼女って黒田蜜柑じゃないの?」

 確かに公には倉橋カイトと黒田蜜柑は噂がある。
 黒田蜜柑は社長令嬢でイメージが良いから、女性受けの悪い本命彼女を隠すためのカモフラージュにしているのだろう。

「まあ、大学生と中学生が付き合うわけないか⋯⋯」
 続いて言ったきらりの言葉を俺は見逃せなかった。

 倉橋カイトは18歳で、黒田蜜柑は15歳。
 2人はたった3歳さで、きらりと俺は5歳差だ。

「きらり、俺は今25歳で十分大人の男だよ。きらりのことが好きで仕方がない1人の男として扱って欲しい」
「ごめん、本当に林太郎のことはそんな風に見られないんだ」
 間髪入れずに断りを入れてきた彼女の言葉に俺の中の何かが切れた。

 気がつけば俺は彼女の頭を押さえ込んで深いキスをしていた。
 彼女の口の中が甘くて頭がとろけそうになってくる。

「ちょっと、何するのよ!」
 しばらく放心として俺のキスを受け入れていた彼女は我に返ると、俺を突き放し部屋からつまみ出した。

「やばい、泣きそう⋯⋯」
 こんなにも人に拒絶されたことがなくて、その拒絶してくるのが初めて本気で好きになった人で俺は泣きそうになった。

 部屋にもどり俺はシンガポールに住んでいる兄に電話した。
(もう、ライバルを引き摺り下ろすしかない)

 俺に振り向かないなら、選択肢を俺だけにしてしまえば良い。

「兄貴、久しぶり。兄貴の友達に渋谷雄也っていたじゃん。なんか、悪い噂とかってないの?」
「久しぶり。社長就任おめでとう。雄也がどうした? あいつは若くして苦労人だよ」
 苦労人と聞いて、渋谷雄也がどこか影があるような雰囲気を持っていたのを思い出した。
(きらりは、ああいう大人の色気がある男が好きなのかな⋯⋯)

「そういう話じゃなくて、二股をかけた上に女をボロ雑巾のように捨てた話とかないの?」
「雄也は研修医時代に父親が倒れてからは、恋人も作らずひたすらに勉強してたよ。どうしたんだ? 無敵の林太郎がダークサイドに落ちてる気がするけど⋯⋯」
 渋谷雄也は割と自由にやってきた俺とは真逆の人間のようだ。

「好きな子が被って、どうしても譲りたくないだけ⋯⋯」
「雄也も恋愛する余裕ができたんだな。父親が亡くなって病院継ぐことになって、昨日まで研修医だったような若造と舐められて大変だって言ってたのに⋯⋯俺は雄也を応援したいな。林太郎は別に他の女でもいいだろ」

 俺は実の兄にも自分の恋心を軽んじられているのに衝撃を受けた。
 そして、俺から見て渋谷雄也は腹黒さを感じるのに兄の彼の評価も抜群だ。

「兄貴は俺を応援してくれよ。兄貴が為末家から距離をとって家だって俺が継ぐことになったんだから」
 別に家を継ぐことは嫌ではない。

 でも、本来ならば俺がやらなくて良かったことなのに、兄貴が嫁さんを連れて逃げたから今こういうことになっている。
 兄貴は俺に借りがあるはずだ。

「応援しても、林太郎じゃ雄也には勝てないよ⋯⋯」
 少し間があって返ってきた兄の返答は意外なものだった。

< 61 / 95 >

この作品をシェア

pagetop