三十路アイドルはじめます
私たちが上手くやらないと林太郎の評判まで落ちることを、私はこの時にやっと理解した。

「400万円用意したら、独立させてくれるんですね」
 私はこの事務所にいるのが3人娘にとって危険だと判断した。
 病院で子供たちに歌っていた友永社長を見て勝手に良い人だと判断して油断した。

 彼はタレントを人間ではなく商品としてしか見ない怖い人だ。

 そして、まだ幼い3人娘は自分で自分を守ることができず、大人の言うことに従ってしまうだろう。

「梨子。あなた絶対この事務所にいた方が良いわよ。あなたのボーテンシャルはここでこそ花開くの。『フルーティーズ』に新しい仕事も来てるのよ。ここに行って代理店の人に話を聞いてきなさい。あなたの気も変わるから」

「カラオケルームですか? 桃香も連れて行きましょうか」
 渡された紙にはカラオケ屋の部屋番号が書いてあった。

 歌を聴きたいと言うなら、桃香も連れて行った方が良いだろう。

「待ち合わせ時間を見なさい! 21時になっているでしょ。そんな時間に桃香を連れ出すの?」
「待ち合わせ時間遅くないですか?」
「お忙しい中、お時間を作ってくれたと考えられないの? 全く美人て、いつも自分に合わせるのが当たり前って思うところがあるわよね」

 友永社長の言葉は心外だった。
 私は今まで合わせてもらって当たり前などと思ったことがない。

 そして、彼は私をよく美人だというが、その言葉をいつも褒め言葉として使ってないような気がしていた。

「分かりました。行ってきます」
 私はこの時の選択が、恐ろしい出来事を引き起こすとは思ってもなかった。

 芸能界に今まで知らなかった怖さは感じていても、やはり自分の常識から逸脱するようなことが起こることは想像もできなかった。

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