三十路アイドルはじめます

3.きらりが俺からの1番の寵愛を受ける側室だと思ってくれれば良いかな。

 怪しいピンクカーディガンの男と対峙していると、聞き慣れた声と共に雅紀が現れた。

「きらり! しっかり、話そう」
 息を切らして走ってきた彼は、癖毛がいつになく爆発している。

「あの、すみません大切な話があるんで外して頂けませんか?」
 雅紀がピンクカーディガンの男に伝えると、男は私に名刺を差し出してきた。

「私、芸能事務所『バシルーラ』の友永寛太と申します。気が変わったらこちらにご連絡くださいね」

 先ほどまでの軽い感じとはうって変わって真剣な表情で友永さんが私に名刺を渡してきた。
「ラララ製薬の梨田きらりと申します」
私は咄嗟に癖で自分の名刺を出して名刺交換をした。
(会社はどうなっているんだろう⋯⋯明日出勤するのが怖すぎる)

「梨田! 素晴らしい苗字ですね! 本当に運命ですね! 梨田とは」
 なぜか、私の苗字に興奮しながら友永さんは去っていった。

「きらり! 驚かせたよな。本当は今日、ちゃんと話す予定だったんだ」
 急に雅紀が私を抱きしめてこようとしてきたので、思いっきり押し返した。

「話すって何を? 3ヶ月前に結婚って何? あの子妊娠までしてるって。いつ、ハワイになんて行ってたの?」

 結婚式は2人だけでしたのだろう。

 雅紀は周りに気を遣いたくないから、結婚式は2人だけでリゾートで挙げたいと言っていた。
 私は当然、彼が結婚相手として想定しているのは自分だと思っていた。

「興奮するなって。ちゃんと俺が1番好きなのはきらりだから。ルナが正妻で、きらりが俺からの1番の寵愛を受ける側室だと思ってくれれば良いかな」

 こんな時におちゃらけて話してくる雅紀に殺意が湧く。
 彼は顔はイケメンではないけれど、昔からお笑い芸人のように話が面白かった。

 私は、彼となら楽しい家庭を作れるのではないかと想像していた。
 彼は医大にもなかなか受からなくて笑える状況ではないのに、いつも明るかった。
 そんなどんな逆境でも笑っている彼を尊敬さえしていた。
(いや、今、本当にこいつって笑えないわ)

「何様なの? しかも、なんで無責任に女子大生を妊娠させてるの? あの子、休学までしたって言ってたじゃない? 彼女の人生考えるなら順序を考えなさいよ。そもそも、私がいながら何で⋯⋯」

 そもそも、私というステディーな彼女がいながら他の女を妊娠させて結婚までしているのに腹が立つ。

 それに、明らかに世間知らずの女子大生を妊娠させて休学までさせているなんて良い年した大人がやって良いことじゃない。

 私はいつもの癖で雅紀を叱っていた。

 雅紀は酔っ払って駅のトイレの扉を壊したり、火事でもないのに店の消化器をいじって噴射してしまい店を汚損したりした過去まである。

 その度に私は彼の母親のように謝って叱り、弁償をしたりしていた。

「魔が差したとしか言いようがないんだ。人数合わせに頼まれていった合コンでルナと会った。きらりのことを愛しているけど、最近、お前気を抜いてなかったか? なんか、オカンみたいに見える時があったぞ。そんな俺の心の隙間に入ってきたのがルナだったんだ」

 雅紀の言い分だと、まるで私が悪いようだ。

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