三十路アイドルはじめます
「はあ、もう良いよ。でも、慰謝料は請求するから。ルナさんはどうしたの? 妊娠初期で不安定な時期なんだから側にいてあげなきゃ」

「ルナは先に帰らせたよ。あのさ、慰謝料って何の? 俺たち別に婚約してたわけじゃないじゃん。そういうお前の金にうるさいん所が嫌だったんだよ。ルナは資産家の娘だし、将来的に開業するってなってもお金を出してくれるらしいんだ」

 雅紀の言い分にスッと胸に冷たい空気が入ってくるのを感じた。
 彼のいう通り、結納を交わしたり、婚約指輪を貰ったわけでもない。

 でも彼とは最近、毎日のように結婚の話で盛り上がっていた。
(彼にとって結婚がタイムリーな話題だっただけ?)

 私はてっきり自分の誕生日である今日にプロポーズされて、彼から婚約指輪を貰えると信じていた。
 きっと彼が私と婚約をしなかったのは、慰謝料を払わなくて済むようにだろう。

 彼はおちゃらけて何も考えていないように見せながらも計算高い所がある。
 その抜け目なさを頼り甲斐と勘違いしていた私はバカだ。

 私は彼に尽くしていて惚れ込んでいると思われていたから、いつでも切れるキープだったと考えるのが妥当だ。

 高校の頃付き合い始めの時は確かに彼の方が私に惚れ込んでいたと思ったが、いつの間にか私は彼にとって金づるになってたということだ。
 私の気持ちは病院で私を無視し、彼がルナさんにだけ話しかけた瞬間から冷めていた。

 だから、今、冷静に対処できる。

 14年以上も無駄にされて彼に復讐したい気持ちがあるが、彼が何も知らないルナさんのお腹の子の父親と考えると復讐する気がなくなった。
(700万円か、高い勉強料だったな⋯⋯)

「もう、いいわ。さようなら。もう、2度と会うこともないから」
 こんなにも自己中心的な雅紀の本性に気が付かなかった私が悪い。

14年以上も一緒にいたのに、本当に私は彼の何を見ていたのか。

 もう、結婚とか、男とかいらないから、とにかく明日からの仕事のことを考えたい。

「ちょっと、待てよ。俺、きらりの事も必要としているんだって。ルナは若くて可愛いんだけど、感情の起伏が激しくて疲れるんだよ。仕事やルナの相手で疲れた俺を癒す女としてきらりにはいて欲しい」

 私の腕をひき、キメ顔で語ってくる雅紀に本当にうんざりした。

「研修医! 人を大事にできない人間は医者に向いてないと思うぞ!」
 イケメンボイスに振り向くと、私より少し年上くらいの白衣の美しい男性が立っていた。
 そして、隣には顔を真っ赤にして明らかに怒っている富田ルナがいる。

「渋谷院長! 俺は彼女を大事に思っているからこそ、それを伝えているんです。彼女は俺のこと大好きで、俺の役に立つことを喜びと感じる女なんです」

 雅紀は慌てて白衣の男性に擦り寄っていく。
 とても若く見えるけれど、彼は院長らしい。

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