追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。

101.魔力とランチ報告会

「……わかった。コルティノーヴィス香水工房にいていいよ。だけど、仕事があるからすぐにはここまで送り届けてあげられないの。今日の夕方までは工房にいてもうらうことになるけどいい?」

 フレイヤは視線をフラウラに戻すと、震えるフラウラを抱き上げて背中を優しく撫でる。
 ハーディとマドゥルスのことが気になってならないが、まずはすっかり怯えているフラウラを安心させてあげたい。

『ええ、フレイヤがいいなら夕方まで工房にいるわ。だけど、なにも言わずに出て言ったからパルミロが心配してしまうわね。どうしようかしら……』
「そうだね。パルミロさんには言っておいた方が良さそう――レンゾさん、すみませんがパルミロさんに、フラウラを夕方まで預かると伝えてもらっていいですか?」
「わかりました。少し待っていてください」
 
 レンゾは笑顔で頷くと、<気ままな妖精猫(ケット・シー)亭>の中に戻った。

(そうだ、シルヴェリオ様にも伝えておこう)
 
 フレイヤはコルティノーヴィス香水工房の制服のスカートのポケットから紙とペンを取り出す。
 紙に今しがた起こった出来事を書きつけてから呪文を詠唱すると、掌の中にある紙はひとりでに折りたたまれ、瞬きをする間に青い鳥へと姿を変えた。

「シルヴェリオ様に届けてね」

 その一言を合図に鳥がフレイヤの手から飛び立ち、王宮がある方角へと消えていった。

 この魔法は以前、火の死霊竜(ファイアードレイク)に祈祷するための遠征時に、シルヴェリオが国王への連絡手段として使っていた魔法だ。

 遠征後、もしもの時に役立つと言い、シルヴェリオが教えてくれたのだ。
 
 ちょうどフレイヤが魔法で作った鳥を見送り終えたタイミングで、<気ままな妖精猫(ケット・シー)亭>の扉が開く。
 出て来たパルミロは料理が入ったバスケットを両手に一つずつ持っていた。
 
「レンゾさん、そのバスケットはどうしたんですか?」
「フラウラを預かってもらう礼でいろんな食べ物を詰め込んで渡してくれたんですよ。それと、フラウラを頼むと言っていました」

 レンゾは左手に持っていたバスケットを抱えるように持ち直しているから重いのだろう。かなりたくさんの料理をバスケットに詰めてもらったことがわかる。
 
「フラウラを送り届けた時にお礼を言わないといけませんね。途中でパルミロさんが好きそうなお酒を買っていきます」
「そうしましょう。俺も酒代を支払わせてください」
『じゃあ、私がパルミロの好きなお酒を知っているから選ぶの手伝ってあげるわ』

 少し元気を取り戻したフラウラがフレイヤとレンゾの会話に入ってくる。

 フレイヤたちはパルミロに贈る酒の話をしながらコルティノーヴィス香水工房に帰った。
 
     *** 

「ただいまもどりました――あれ、シルヴェリオ様?」

 コルティノーヴィス香水工房に戻ったフレイヤは、カウンターの後ろにシルヴェリオの姿を見つけてきょとんと首を傾げる。

 シルヴェリオは魔導士の仕事があるため、普段はこの時間帯にコルティノーヴィス香水工房にいることはないのだ。
 
「フレイさんから貰った手紙の内容が気がかりだから昼休みの間だけ抜けて来たんだ」
「かしこまりました。ちょうどパルミロさんから昼食をいただいたので、休憩室で昼食を食べながら話しましょう」

 フレイヤとレンゾとフラウラは休憩室のテーブルに食器と水の入った水差しと料理を並べる。ちょうどコルティノーヴィス伯爵家から来た従者が、フレイヤとシルヴェリオで交わした雇用契約に含まれる昼食を届けてくれたためそれを並べてさらに豪勢になった。

 パルミロはホワイトソースをかけたニョッキや海鮮たっぷりのペスカトーレに氷牛のステーキや野菜の煮込み料理など、とにかくたくさんバスケットの中に詰め込んでくれていた。
 コルティノーヴィス伯爵家が持って来てくれたのは具沢山のパニーニとバーニャカウダに大きな器に入ったティラミス。
 
 フレイヤとレンゾは料理の入っている食器をテーブルの上に置く。今日の昼食はブッフェスタイルにして、各自好きな物を自分の皿に盛りつけてもらうことにした。

 食事の支度を終えたフレイヤはシルヴェリオとエレナとアレッシアを呼ぶ。
 オルフェンは今日も王立図書館に行っているため、ここにはいない。
 
 アレッシアは休憩室に入って来た時から気まずそうな表情を浮かべて時おりシルヴェリオを盗み見ている。
 貴族の彼と同じ席で食事をすることに引け目を感じているようだが、フレイヤもレンゾもエレナも気にせず食事を始めているため彼女もそれにならった。
 
「――それで、フラウラはハーディさんを見た時にどんな魔力を感じた?」

 シルヴェリオが貴族らしい美しい所作で料理を口元に運びながらフラウラに問う。シルヴェリオの差し向かいに座っていたレンゾはフォークをステーキにグサリと刺して食べようとしていたのだが、シルヴェリオの手元を見た途端にフォークをステーキから離し、シルヴェリオのようにナイフとフォークを使って食べ始めた。
 
 一方でフラウラは人間の作法なんて気にせず、肉球でニョッキを掴んであむあむと食べている。口についたソースをフレイヤがハンカチで拭ってあげた。
 
『初めは心地よい魔力を感じたの。それに爽やかな香水の香りがしたわ。だけどハーディが顔を近づけてきた途端、ゾッとするほど気味の悪い魔力を感じたわ』
「いきなり魔力の種類が変わったということか?」
『変わったというより、心地の良い魔力が気味の悪い魔力を覆って隠していたような感じね。……そう、まるで香水をかけて匂いを誤魔化しているようだったわ。だから近づくまでわからなかったのだと思うの』
「イルム王国の人間は魔力を持っているが魔法を使えないと思っていたが……例外はあるだろう。ハーディさんは魔法を使えるのかもしれない。彼が持つ魔力については警戒して置いた方がいいだろうな」
 
 たとえ気味の悪い魔力を持っていたとしても、使えないのであればさほど害はない。しかし使えるのであれば話は別だ。
 妖精にとって気味の悪い魔力と言うのは呪術に使われるような魔力であり、呪術はエイレーネ王国では禁術となっている。
 
「レンゾさんの契約している妖精たちも似たような反応でしたか?」
「いえ、妖精たちは抽出の作業をしてくれていたのでハーディさんを会わせていなかったんです」
 
 シルヴェリオの問いに、レンゾは首を横に振った。
 レンゾと契約している妖精たちは仕事中に他の部屋へ遊びに行かない。妖精だがオルフェンやフラウラとは違って生真面目な性格らしい。

「実は先ほど、フレイヤさんがエレナさんとアレッシアさんを呼びに行っている間に妖精たちに昼食を渡してきたのですが、その時に聞いた話では、フラウラやオルフェンのような中級以上の妖精でなければ魔力を正確に感じ取れないそうです」
「なるほど、妖精たちにも個体差があるのか」
 
 妖精たちでさえ感知できない魔力となれば、人間でも感じ取るのは難しいかもしれない。
 シルヴェリオは新たな厄介ごとの登場に先が思いやられ、指先で眉間を揉んだ。
 
 そうして人間たちが話をしている間にもフラウラはパクパクとご飯を食べる。ペスカトーレを食べると口の周りがトマトソースで真っ赤になった。
 フレイヤがもう一度ハンカチで拭ったその時、フラウラはハッとしてフレイヤが手に持っているハンカチを握る。

『そう、この魔力だわ! このハンカチから感じる魔力と同じくらい心地の良い魔力を感じたの』
「そのハンカチからも?」 
 
 シルヴェリオはフレイヤとフラウラが持つハンカチをじっと見つめて意識を集中させる。微かだが、回復魔法をかけてもらった時のような聖属性の魔力を感じた。

「フレイさん、そのハンカチになにか特別な魔法をかけているのか?」
「いえ、魔法はかけていません。香水はかけていますが……」 
「香水……まさか……!」

 シルヴェリオは休憩室を飛び出し、調香室へ向かう。
 フレイヤの調香台(オルガン)に置かれている香水瓶を手に取り、自分の手首にひと吹きした。

 ふわりと香るのは、柑橘系と新鮮な青葉の爽やかな匂い。シルヴェリオは手元に意識を集中させ、魔力を探った。

「シルヴェリオ様、急にどうしたんですか?」

 調香室に入ってきたフレイヤたちに、シルヴェリオは神妙な顔で振り返って告げる。

「フレイさんが作った香水には、確かに魔力が宿っている。……今日話した事も含めて、このことは他言無用にしてくれ」
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