追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。

136.言いわけじみたお誘い

     ***

 エイレーネ王国内で、禁じられた錬金術や呪術に関する取引をしたオルメキア王国の宰相とイルム王国の貴族が、拘束された。
 そのことは、国内に瞬く間に広がり、エイレーネ王国の国民たちに衝撃を与える。
 よもや国内で、そのような恐ろしい取引が行われようとしていたなんて、思いもよらなかったのだ。

 オルメキア王国およびイルム王国の国王は、犯人の処罰をエイレーネ王国に一任するとの声明を発表した。
 ただし、オルメキア王国は宰相の処罰に関して、オルメキア王国の第一王女の命を脅かしたため、処刑を希望しているとのことだ。
 また、自国民が引き起こた事件の責任をとるため、エイレーネ王国に支払う賠償金についての話し合いも水面下で始まっている。
 
 そのような重大事件が起きたが、王族と騎士団と魔導士団が連携して後処理を進めているため、建国祭は予定通り行われる。

 並行して、魔導士団ではオルフェンに解呪の方法を尋ねてみたのだが、気まぐれなオルフェンは『今は話したくない』と言い、教えてくれなかった。
 
「――と、まあ、こんな感じだ。シルはゆっくり、休んでいてくれ」

 ネストレは一通り話し終わると、寝台の上で体を起こし、話しを聞いていたシルヴェリオに微笑みかけてきた。

 シルヴェリオは今も、王城の医務室で体を休めている。
 呪いのせいで著しく体力を消耗しているため、治癒師たちから安静にするように言われているのだ。 
  
 呪いを解いてもらってから一夜明けた昼下がりの今、ネストレとラグナが見舞いにきてくれている。
 事件の後処理と建国祭の準備に追われているのに、二人ともシルヴェリオが心配で、時間を割いてくれたのだ。
 
「しかし……もう歩けるくらいには回復したので、私も警備に参加したいのですが――」
「何を言っているんだ。安静が必要な奴に仕事をさせるものか。式典に参加することも、治癒師たちに止められていたというのに」

 ネストレはジロリとシルヴェリオを睨んだが、すぐにニヤリと企み顔を浮かべる。
 
「もしも寝台にいるのに飽きているのであれば、建国祭を楽しむのはどうだ? 式典の後は休みをとって、ルアルディ殿と一緒に屋台を見て回るといい。もともと、その予定だったのだろう?」
「そうですが、他の者が働いている時に私だけ休むのは気が引けます」
「シルはその資格があるほど頑張ったんだよ。だから、自分を労わってくれ。それに、ジュスタ団長は『最低でも一週間は休ませるつもりです。もし出勤したら、魔法で医務室の寝台に縛りつけておきます』と言っていたぞ」
「……同じことを、既に団長から言われました」
 
 シルヴェリオは、ジュスタ男爵から言い渡された時のことを思い出して、遠い目をする。
 まず、ジュスタ男爵の話を聞くために体を起こすと、魔法で寝台に縛りつけられたのだ。
 ジュスタ男爵曰く、「休養が必要なのだから、とにかく寝ていなさい」ということらしい。

 そのくせ、小一時間ほど、自分の身を大切にしろと説教されてしまった。
 
(ネストレ殿下から団長に説得してもらえば仕事に復帰できると踏んでいたのだが、後手にまわったようだ)
 
 最後の切り札としてネストレに縋ろうとしたが、失敗に終わってしまった。
 自分の部下たちが働いているのに、自分は休む事に気が引けるため、シルヴェリオはこめかみを揉んだ。
 
 フレイヤに色々と言っているが、シルヴェリオ自身も仕事人間で、働き過ぎるところがあるのだった。
 
「とはいえ、フレイさんにはすでに一度、行けなくなったと伝えているので、今回は止めておきます。何度も覆すのは、さすがに迷惑かと思いますので」
「あら、随分と消極的ね。私に威嚇してきた時とは大違いだわ。フレイヤさんなら、きっと喜んで、受け入れてくれると思うけれど?」

 ネストレの隣にいるラグナが笑った。
 シルヴェリオがジロリと睨むと、ラグナは笑い声をひっこめる。

「あなたにはとても助けられたわ。改めて、感謝する。この恩は、決して忘れない。そして、今日はどうしてもあなたに話したいことがあるから、ネストレ殿下に無理を言って、ここに連れて来てもらったの」

 ラグナがネストレに視線を送ると、ネストレは頷いた。

「どうやら、シルに内密な話があるらしい。私は窓辺で外の景色を見ているから、二人で話してくれ」

 言い終えると、ネストレは本当に、窓辺にある椅子に腰かけて、外を眺めている。
 
 いったい、何の話だろうか。
 訝しく思っていると、ラグナが盗聴防止の魔法の呪文を唱えた。

「実は、フレイヤさんのことで、あなたにどうしても伝えたいことがあったの」
「フレイさんのこと……?」
「……フレイヤさんからもらった、香水のおかげで、アイリックの症状が緩和してきているの。これまでの治療では何も効果が無かったのに、いきなり緩和して驚いたわ。それに、私もアイリックも、あの香水から聖属性の魔力を感じ取ったのよ。だから、フレイヤさんがいつか、その力を悪用しようとする者に狙われてしまうのではないかと、心配だわ」
「……」 
 
 シルヴェリオは内心動揺したが、表情は平静を取り繕った仮面の下に隠した。
 フレイヤの持つ力を、他国の王族に知られてしまった。

 はぐらかそうかと考えたが、見る限り、ラグナは本当にフレイヤを案じているように見えた。
 
「魔力探知が得意なあなたなら、気づいているわよね?」
「……ええ、つい最近ですが、フレイさんが調香する香水に魔力が宿っていることに気付きました」
「オルメキア王国にいるいかなる治癒師でも癒せなかった症状を癒したのだから、相当な力を持っているようね。いつか、私以外にも気付く人はいるわ。そうなれば、フレイヤさんは調香師でいられなくなるでしょう――だから、あなたの魔力で隠しなさい」
「それは、どういう……」
「木を隠すなら森の中と言うでしょう? 今後、コルティノーヴィス香水工房から売る香水には、全てあなたの魔法を付与するといいわ。そうすれば、誤魔化せるはずよ」

 悔しいが、思いつきもしなかった妙案だ。
 香水にシルヴェリオの魔力を強く注げば、フレイヤの魔力を覆い隠すことができるだろう。

「たとえば……キラキラと輝く香水になるように、魔法を付与するのはどうかしら? 魔力を込められるし、特別感も出るわよ」
「……今までにない香水になるので、売れそうですね」 
「気に入ってもらえてよかったわ。フレイヤさんの事、これからも守ってあげてね」

 ラグナはパチンと指を鳴らすと、踵を返してネストレに歩み寄る。

「話は終わりましたので、もう大丈夫です。お時間をとっていただいて、申し訳ございませんでした」
「おかげで休憩できたので、気にしないでください――シル、また今度、会おう」

 ネストレとラグナが、医務室を後にした。
 二人の背を見送ったシルヴェリオは、視線をサイドテーブルの上に置かれている、透明で簡素なデザインの香水瓶に向けた。
 フレイヤがシルヴェリオを救うために調香してくれた香水だ。

 シルヴェリオは腕を伸ばして手に取ると、自分の手首に香水を吹きかけた。
 コルティノーヴィス領原産のバラ特有の甘さと爽やかさのある香りや、ほんの少しだけ柑橘系の香りや土のような香りがする。
 この香りを、フレイヤが自分のために調香してくれたのだと思うと、フレイヤへの愛おしさが募り、胸が甘く軋む。
 
(もう泣いてほしくなかったのに、俺のせいで泣かせてしまった……)
 
 目を閉じると、涙を浮かべて自分を叱ってくれたフレイヤの姿が、瞼の裏に映る。
 申し訳なく思うが、それと同時に、怒るほどフレイヤが自分を心配してくれたことが、嬉しかった。

(……いや、フレイさんが向けてくれる感情や行動に言葉、全てが嬉しくて、愛おしいと思う)
 
 シルヴェリオは手首を鼻に近づけて、香水の香りを吸い込む。
 
「……フレイさんに、会いたい……」

 昨日会ったばかりだが、もう恋しくなってしまった。
 今日も会いたい。
 できることなら、彼女ともっと、一緒にいたい。
 
 切ない想いに胸が締め付けられたシルヴェリオは、香水瓶を握りしめた。 
 
 不意に、扉が開く音が聞こえてくる。
 扉の方に顔を向けると、フレイヤとオルフェンがいた。
 王城を訪ねるため、フレイヤはコルティノーヴィス香水工房の正装姿で、手には大きな籠を持っている。

「コルティノーヴィス香水工房のみんなから、差し入れです」

 フレイヤは寝台の横にあるサイドテーブルに籠を置くと、身体を屈めて、シルヴェリオに視線を合わせてくる。
 
「シルヴェリオ様、もう起き上がっても大丈夫なのですか?」

 若葉色の瞳が、間近に迫る。
 急に彼女との距離が近づいて、シルヴェリオの心臓はドキリと跳ねた。
 
「ああ、おかげでもう歩けるようになった」
『あれだけ弱っていたのに、回復が早いねぇ』

 オルフェンは顎に手を添えて、しげしげとシルヴェリオを観察している。

「治癒師たちも驚いていた。呪いをかけられていたとは思えないほど、回復が早いそうだ」
 
 もしかすると、それもまた、フレイヤが調香してくれた香水のおかげなのかもしれない。
 なんせ、彼女が作る香水は、奇跡を起こすのだ。

「二人には命を助けられた。助けてくれて、本当にありがとう」
『それじゃあ、建国祭で何か驕ってよ』

 突然、オルフェンが寝台の端にどかりと座って胡坐をかいた。
 
「オルフェンったら、そんなこと言わないの! それに、シルヴェリオ様は安静にしないといけないんだからね?」

 フレイヤが頬を膨らませて怒る。
 それでも、オルフェンはどこ吹く風といった様子だ。
 
「ああ、そうしよう。実は団長から仕事を休めと言われているから、明日の建国祭の式典が終わった後は休みになったんだ。……だから、俺も二人と一緒に建国祭を見てまわっても、いいだろうか? ちょうど横になっているのが辛くなってきたから、出かけたいと思っていて……」

 なんと言いわけじみた誘い方なのだろう。
 おまけに、オルフェンの言葉に便乗するなんて。
 
 あまりにも不器用な自分に、シルヴェリオは自嘲を込めて笑いたくなった。
 
 そんなシルヴェリオの目の前で、フレイヤはとびきり嬉しそうな笑みを浮かべてくれる。
 その表情がとても眩しくて、シルヴェリオは目が離せなかった。
 
 先ほどまでうじうじとしていた心がフレイヤの笑みに照らされて、晴れやかな気持ちになる。
 
「ええ、ぜひ一緒に行きましょう! 集合場所はどこにしますか?」
「フレイさんの家まで、迎えに行かせてくれ」 
 
 シルヴェリオは深い青色の目を蕩けさせて、フレイヤに微笑んだ。
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