追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。

135.オルフェンの決心

 シルヴェリオの体全体を、金色の光が包み込む。
 オルフェンが魔法で作ってくれた壁は外の音も遮断するようで、辺りはとても静かだ。
 
 フレイヤはシルヴェリオとオルフェンを見守る。
 少し息苦しくなり、自分が呼吸を忘れていることに気付いた。
 
『……この術式は、昔読んだ本に書いてあった呪術の術式だと思う。人間にとっては、かなり古い呪術なんじゃないかな』

 険しい表情だったオルフェンが、眉根に寄せていた皺を少し和らげる。

『たぶん、解呪できるよ。……ただ、そのためにも僕は、今から闇属性の魔法を使う』

 オルフェンは不安そうに薄荷色の瞳を揺らして、フレイヤを見つめた。

『僕が闇属性の魔法を使っても、……友人でいてくれる?』

 泣きそうな声で紡がれた言葉を聞いたフレイヤは、ハッとしてオルフェンの瞳を見つめ返した。
 
 オルフェンは、フレイヤが自分を恐れて離れていくことを、恐れているのだ。
 きっと、使うことを躊躇ってしまうほど、これまで何度も悲しい想いをしてきたのだろう。

 フレイヤは香水瓶をトランクの上に置くと、オルフェンを抱きしめて、背中を撫でた。
 
「大丈夫だよ。オルフェンが闇属性の魔力を持っていても、その魔力を使って闇属性の魔法を使ったとしても、ずっと友人でいる。……だって、オルフェンは誰かを助けるために、闇属性の魔法を使うと、わかっているから。前にオルフェンの小屋で一緒に話した時、オルフェンが皆のために研究していると話してくれたんだもん。その言葉を信じているよ」
『……覚えていてくれたんだね。それに、僕の言葉を信じてくれて、ありがとう』 
 
 オルフェンもまたフレイヤを抱きしめ返すと、やんわりとフレイヤを自分から引き離す。
 
『今から闇属性の魔法を使うから、念のため、少し離れていてね。もしかすると、フレイヤに影響を与えてしまうかもしれないから』 
「うん、わかった」
 
 オルフェンはフレイヤの返事を聞いて微笑むと、シルヴェリオの心臓の辺りに手で触れた。
 そして、魔法の呪文を唱える。
 オルフェンの手から怪しげな黒い光が放たれ、シルヴェリオの体に入り込んでゆく。
 すると、シルヴェリオの顔や手に浮かぶ黒色の記号は、まるで黒い光に拒絶反応を示したかのように、緑色の光を強める。
 
「くっ……」

 シルヴェリオが力なく呻く。
 そんな彼の様子を見て、フレイヤは胸元で両手を組んで、彼の解呪を祈る。
 
「シルヴェリオ様……頑張ってください。オルフェンがきっと、解呪してくれますから……」

 祈り、言葉をかけることでしかできないことが、もどかしい。
 
(もしも、シルヴェリオ様にかけられた呪いを解呪できなかったら……)

 シルヴェリオは、このまま呪いに蝕まれて、死んでしまうのではないだろうか。
 恐ろしい想像が浮かんでしまい、フレイヤは背筋が凍った。

 もう二度と、大切な人を失いたくない。
 死はいつも、フレイヤの大切な人を攫って行くのだ。
 
 じわりと涙が浮かんだせいで、視界が滲む。
 服の袖口で涙を拭ったフレイヤは、シルヴェリオの顔に浮かんでいた黒色の記号のようなものが、黒色の煙のようなものを上げて消えていく瞬間を見た。
 
「記号が……消えている?」 
『やった! 呪術が解呪し始めた証拠だよ!』
 
 オルフェンは笑みを浮かべた。
 解呪のために無理をしているのか、額に汗をかいている。

「オルフェン、辛そうだけど……大丈夫?」 
『解呪に多くの魔力を消費しているし、魔法が呪術の術式のみを攻撃するように調整しているから、ちょっとしんどいかな。だけど、シルヴェリオはかなり体力を消耗しているから、早く完全に解呪しないと……』

 オルフェンの手から溢れる黒色の光が輝きを増す。
 その輝きに比例して、シルヴェリオの体から、いくつもの黒色の煙が立ち昇った。

 辺りが暗くなるほどの煙の塊に包まれた刹那、バラの香りがフレイヤの鼻先を掠める。

(私が調香した香り……?)

 もしかして、トランクの上に置いていた香水瓶が倒れて、中身が零れてしまったのだろうか。
 トランクのある方向に顔を向けたその時、金色に光る粒子があちこちに現れた。
 光の粒子が煙に当たると、煙は瞬く間に消えてゆく。

 辺り一面に、光の粒子が、花びらのように舞い散った。
 
『呪術の気配が消えた! もう解呪できているはずだよ!』
「シルヴェリオ様、起きてください……!」
 
 フレイヤが呼びかけたが、シルヴェリオはぐったりと目を閉じたまま。
 寝具から出ている手は、ピクリとも動かない。
 呼吸で胸元が動いているくらいだ。
 
『呪術に蝕まれている間に、かなり体力を削られたのかもしれない。もしかしたら、間に合わなかったのかも……』
「そんな……」

 フレイヤはシルヴェリオに駆け寄って、身体を屈めると、彼自身の胸元を押さえている方の手を取る。
 エスコートで触れた時とは違い、冷たくなっている。

 オルフェンの言う通り、間に合わなかったのだろうか。
 嫌な予感がして、フレイヤは目の前が真っ白になった。
 
「シルヴェリオ様がいない日常なんて……嫌です」

 シルヴェリオが回復するよう祈りを込めて、触れた手を両手で握りしめる。
 
「だから、起きてください。……お願いです、シルヴェリオ様……」

 フレイヤの声に応えるように、シルヴェリオの瞼が震える。
 ゆっくりと瞼が開き、深い青色の瞳にフレイヤの泣きそうな顔が映った。
 
「フレイ……さん……」

 掠れた声が、フレイヤの名を呼んだ。
 
「シルヴェリオ様! お体は、どうですか? どこか痛みますか?」
「とてつもない疲労感で体が重いが、痛みはもうない。……もしかして、フレイさんが解呪してくれたのか?」
「いいえ、解呪してくれたのは、オルフェンです」

 フレイヤが否定すると、オルフェンが『違うでしょ!』と頬を膨らませて怒る。
 
『フレイヤが呪術と一緒にかけられていた闇属性の魔力を消してくれたから、僕は解呪できたんだよ』
「そうか、二人が解呪してくれたのか。本当に、ありがとう。助かったよ。もう、ここまでかもしれないと思ったんだ」

 シルヴェリオは弱々しく微笑んだ。
 そのような表情を見ると、フレイヤはチクリと胸を針で刺されたような痛みを感じた。
 シルヴェリオの言葉は、彼が生きながらえることを諦めていたかのように聞こえたのだ。
 彼が呪いに苦しんでいる間、フレイヤは生きた心地がしなかったというのに。

「……シルヴェリオ様が第二王子殿下を庇って、呪術の攻撃を受けたと聞きました」
「ああ、今度こそネストレ殿下を守れて、安心した。呪術をかけられたのが俺でよかったよ」
「よくありません!」

 今まで出したことがないほど大きな声を上げて、フレイヤはシルヴェリオを睨みつけた。
 
「シルヴェリオ様は私に、自分を大切にすようにと言っていましたが――シルヴェリオ様も、自分自身を大切にしてください。とても、心配したんですよ。もうシルヴェリオ様と話せないのかもしれないと思うと、怖くて、悲しくて――」

 喉に何かが詰まるような感覚がして、それ以上は言葉が出てこなくなった。
 代わりに、涙がポロポロと零れ落ちる。フレイヤが言いたかった言葉を代弁するように、大粒の涙がとめどなく出てくる。
 
「すまない……心配してくれて、ありがとう」

 シルヴェリオは寝具から出ていた手に力を込めて動かすと、フレイヤの目元を拭った。そのまま、フレイヤの頬を撫でる。まるで、壊れ物に触れるかのように、優しく。

「呪いを受けて苦しんでいた時、故郷のバラの香りがした。――いや、正確に言うと、他にも爽やかな香りがして、その間は苦しみが和らいだ。フレイさんがそばに居てくれたような気がしたのだが――本当に、そばに居てくれたのだな」
「実は、シルヴェリオ様への香水を作ったんです。その香りが、シルヴェリオ様に届いたのですね。……シルヴェリオ様の助けになって、良かった」 

 フレイヤが泣きそうな顔で微笑むと、シルヴェリオはなにかを堪えるような表情を浮かべた。
 気のせいか、深い青色の瞳が、熱を持ったように潤んでいる。
 
「フレイさん、俺は、君のことを――」
『――ねえ、そろそろ話は止めて、治療しようよ』
 
 突然、二人の間に、オルフェンが割って入ってくる。
 驚いて一歩下がったフレイヤは、いつの間にかオルフェンが作った壁が無くなっており、ネストレとヴェーラにラグナ、それに集まった司祭と魔導士たちに見つめられていることに気付いた。
 
(い、いつから壁が無くなっていたの……!?)

 まさか、自分が号泣したところも見られたのでは。
 慌てるフレイヤの前に、苦笑したネストレが現れる。
 
「オルフェン、空気を読んでくれ。せっかく良い雰囲気だったのに……と言っても、治療が優先だから、仕方がないか」

 ネストレはそう言うと、フレイヤとオルフェン、そして治癒師を残して、他の者は医務室の外に出るよう指示した。 
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