追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。
151.三種類の香り
「今回は三種類の香りを用意しましたので、一つずつお試しください」
フレイヤはトランクを開けると、魔獣の革の手袋を三組と、香水瓶を三本取り出す。
そのうちの手袋一組に一本の香水を振りかけると、ヴェーラに手渡した。
「一つ目の香りはこちらです。ビターオレンジと琥珀樹の精油を組み合わせました」
はたしてヴェーラはどのような反応を示すのだろうかと、不安を抱いたフレイヤの心臓はドキドキと鳴り、全身に震えが伝播する。
手袋の香りを嗅ぐヴェーラを見つめながら、こくんと唾を飲み込んだ。それでも、緊張のためか喉がカラカラだ。
「おお! 手袋の臭いが全く気にならない! 焼き菓子を彷彿とさせる甘い香りだが、大人の女性も身に着けられるようなほろ苦さを感じる」
ヴェーラはじわりと目を見開き、何度か確認するように手袋の臭いを嗅いでいる。
その姿を見て好感触を得たと察したフレイヤは、ホッと胸をなでおろす。
「上手く臭いを隠せたようで安心しました。次の香りを紹介しますね」
新しい手袋に二つ目の香りを吹き付け、ヴェーラに手渡す。
最初ほどは緊張しなくなったが、それでも手のひらにじんわりと汗をかいている。
次の香りも良い反応を得られるだろうか。
真摯に打ち込んで調香してきたからこそ、願わくばどの香りも素敵だと思ってもらいたいものだ。
「これはバニラとシナモンの精油を加えた香りです」
「ほう、琥珀樹とは異なる系統の甘い香りを加えたのだな」
フレイヤが手渡した手袋の匂いを嗅いだヴェーラは、「なんと!」と歓声を上げた。
がばりと顔を起こし、好奇心に満ちた赤色の瞳がフレイヤを見つめてくる。
「まるで貴婦人が好む甘い味付けをしたコーヒーのような香りだ! ルアルディ殿はいったい、どうしたらこのような香りを作り出せるんだ?」
「香りには、意外な組み合わせが素敵な香りを生みだすことがあるのです。それに、一方の香りの強さを抑えたり、逆に香りにより深みを与えることもあります」
「なるほど、香りの世界は実に奥深いな」
そう言いながら、ヴェーラの視線は三つ目の香水瓶に注がれる。すでに期待してもらえているような仕草に、フレイヤの頬が緩む。
「最後に、黄金の実とベルガモットの精油を組み合わせた香水です。どうぞ、匂いを嗅いでみてください」
「ふむ、香り高い紅茶のようで、個人的には一番好ましい香りだな」
フレイヤから手袋を受け取ったヴェーラは、実際に手袋を身に着ける。本人が言う通り、一番気に入ってくれたようだ。
「正直に言うと、どの香りも採用したいところだが……同じ形と色の手袋に異なる香りをつけて売り出すと、商人たちが売る際に見分けがつかない問題が発生しそうだ。左右それぞれ異なる香りの手袋を組み合わせて渡してしまうなどの失敗が起きない為にも、まずは一つの香りで発売した方がいいだろう」
ただ商品を仕入れるだけではなく、商人たちの販売しやすさまで考慮する。
シルヴェリオと同じように、ヴェーラも自分のもとで働く者たちのことを考えて動いてくれる善い上司のようだ。
そう考えたフレイヤは、自然と口元に笑みを浮かべた。
商談が始まったときの緊張は、すっかり和らいだ。
「どの香りも好まれそうな香りだから、販売前に懇意にしている取引先の貴族の女性を集めて、選んでもらおうか」
「いいですねぇ、久しぶりにお茶会を開くのはどうでしょう?」
ヴェーラが言い終えるや否や、さきほどまで黙ってヴェーラの背後に控えていたリベラトーレが、会話に割り込んできた。
「お茶会を開けば、ヴェーラ様を豪奢に着飾る理由ができますので、張り切って準備いたします。いやはや、どんなドレスにしようか迷いますねぇ~。さっそく、服飾士を呼びましょう! 色んなドレスを着たヴェーラ様を見たいです!」
もはや下心を隠しもせずに盛り上がるリベラトーレを見て、フレイヤは少し後退った。
まるで女神を崇拝するかの如く恍惚とした表情を浮かべるリベラトーレを恐ろしく思ったのだ。
「ふむ、たしかにお茶会もいいが……この手袋は舞踏会に着るドレスに合わせることが多いから、舞踏会の方が客も自分が身に着ける想像ができていいだろう」
「ええっ!? 舞踏会を開いたら、ヴェーラ様がどこの馬の骨とも知らぬ男と踊ることになるじゃないですかぁ~」
「シルヴェリオとだけ一度は踊るが、その後は商売と社交に専念する」
ヴェーラと引き続き本音が全開のリベラトーレの会話を聞きながら、フレイヤは舞踏会に参加するシルヴェリオの姿を思い浮かべる。
きっと、シルヴェリオもまた豪奢な装いで参加して、花のように美しいドレスを着た令嬢と踊るのだろう。
舞踏会は未婚の貴族たちが結婚相手を探す場でもあると、礼儀作法の教本で読んだことがある。もしかすると、シルヴェリオを舞踏会に参加させて、結婚相手を見つけることも狙いなのかもしれない。
そう思い至ると、なぜが胸が針を刺されたようにチクリと痛んだ。
「客の意見を直接聞くことも大事だろうから、二人はぜひ舞踏会に参加してくれ。ルアルディ殿のドレスも用意しよう」
「――え、私のドレス……ですか?」
自分の名前を呼ばれて意識を現実に戻したフレイヤは、シルヴェリオとヴェーラとリベラトーレが自分を見ていることに気付き、思わず居住まいを正す。
いつの間に、話題が自分へと移ってしまったのだろうか。
ぼんやりと考え事をしていたことに気付かれているのではないかと思うと、気恥ずかしいあまり消えたくなった。
「あの、以前ドレスを買ってくださっているので、私のドレスは必要ないかと……いえ、その前に、私のような平民が参加したら他の貴族の方々が不快に思うはずですから、せっかくのお誘いですがお断り――」
「そんなことはない。ルアルディ殿は王妃殿下のお気に入りの調香師だから、歓迎する者の方が多いだろう。それに、ドレスは舞踏会に合わせて仕立てるものだ。今回は私の商売に付き合ってもらうのだから、遠慮なく受け取ってくれ」
焦りと困惑で、たどたどしい口調ながらも辞退しようとしたが、ヴェーラに容赦なく話を進められてしまう。
完全に逃げ道を塞がれてしまい、心の中で悲鳴を上げた。
(シ、シルヴェリオ様、助けてください……!)
ちらっとシルヴェリオを見つめて訴えかけてみると、シルヴェリオはいつもの真面目な顔で見つめ返してくる。
きっと、想いは伝わったはずだとフレイヤは内心ホッとした。
「確かに、フレイさんも参加すれば、貴族女性の好みを知る良い機会になりますね」
「~~っ!」
しかし、予想は裏切られ、冷徹な判断を下される。
貴族しかいない舞踏会に放り込まれたら、自分はどうなってしまうのだろうか。
はやくも、フレイヤは肉食獣の群れの中に放り込まれた草食動物のように震え始めた。
一方で、シルヴェリオの言葉を聞いたヴェーラは上機嫌に、バラのような赤色の唇を持ち上げる。
「話は決まりだな。せっかくだから、ルアルディ殿にはダンスを学んでもらおうか」
「商品への意見を聞くだけですので、ダンスをすることはないかと……!」
「貴族と対等な素養が無ければ相手にしてもらえないぞ。だから、舞踏会までに練習に来てもらおう」
ばっさりと切り捨てられてしまい、フレイヤは半泣きで小さく悲鳴を上げた。
フレイヤはトランクを開けると、魔獣の革の手袋を三組と、香水瓶を三本取り出す。
そのうちの手袋一組に一本の香水を振りかけると、ヴェーラに手渡した。
「一つ目の香りはこちらです。ビターオレンジと琥珀樹の精油を組み合わせました」
はたしてヴェーラはどのような反応を示すのだろうかと、不安を抱いたフレイヤの心臓はドキドキと鳴り、全身に震えが伝播する。
手袋の香りを嗅ぐヴェーラを見つめながら、こくんと唾を飲み込んだ。それでも、緊張のためか喉がカラカラだ。
「おお! 手袋の臭いが全く気にならない! 焼き菓子を彷彿とさせる甘い香りだが、大人の女性も身に着けられるようなほろ苦さを感じる」
ヴェーラはじわりと目を見開き、何度か確認するように手袋の臭いを嗅いでいる。
その姿を見て好感触を得たと察したフレイヤは、ホッと胸をなでおろす。
「上手く臭いを隠せたようで安心しました。次の香りを紹介しますね」
新しい手袋に二つ目の香りを吹き付け、ヴェーラに手渡す。
最初ほどは緊張しなくなったが、それでも手のひらにじんわりと汗をかいている。
次の香りも良い反応を得られるだろうか。
真摯に打ち込んで調香してきたからこそ、願わくばどの香りも素敵だと思ってもらいたいものだ。
「これはバニラとシナモンの精油を加えた香りです」
「ほう、琥珀樹とは異なる系統の甘い香りを加えたのだな」
フレイヤが手渡した手袋の匂いを嗅いだヴェーラは、「なんと!」と歓声を上げた。
がばりと顔を起こし、好奇心に満ちた赤色の瞳がフレイヤを見つめてくる。
「まるで貴婦人が好む甘い味付けをしたコーヒーのような香りだ! ルアルディ殿はいったい、どうしたらこのような香りを作り出せるんだ?」
「香りには、意外な組み合わせが素敵な香りを生みだすことがあるのです。それに、一方の香りの強さを抑えたり、逆に香りにより深みを与えることもあります」
「なるほど、香りの世界は実に奥深いな」
そう言いながら、ヴェーラの視線は三つ目の香水瓶に注がれる。すでに期待してもらえているような仕草に、フレイヤの頬が緩む。
「最後に、黄金の実とベルガモットの精油を組み合わせた香水です。どうぞ、匂いを嗅いでみてください」
「ふむ、香り高い紅茶のようで、個人的には一番好ましい香りだな」
フレイヤから手袋を受け取ったヴェーラは、実際に手袋を身に着ける。本人が言う通り、一番気に入ってくれたようだ。
「正直に言うと、どの香りも採用したいところだが……同じ形と色の手袋に異なる香りをつけて売り出すと、商人たちが売る際に見分けがつかない問題が発生しそうだ。左右それぞれ異なる香りの手袋を組み合わせて渡してしまうなどの失敗が起きない為にも、まずは一つの香りで発売した方がいいだろう」
ただ商品を仕入れるだけではなく、商人たちの販売しやすさまで考慮する。
シルヴェリオと同じように、ヴェーラも自分のもとで働く者たちのことを考えて動いてくれる善い上司のようだ。
そう考えたフレイヤは、自然と口元に笑みを浮かべた。
商談が始まったときの緊張は、すっかり和らいだ。
「どの香りも好まれそうな香りだから、販売前に懇意にしている取引先の貴族の女性を集めて、選んでもらおうか」
「いいですねぇ、久しぶりにお茶会を開くのはどうでしょう?」
ヴェーラが言い終えるや否や、さきほどまで黙ってヴェーラの背後に控えていたリベラトーレが、会話に割り込んできた。
「お茶会を開けば、ヴェーラ様を豪奢に着飾る理由ができますので、張り切って準備いたします。いやはや、どんなドレスにしようか迷いますねぇ~。さっそく、服飾士を呼びましょう! 色んなドレスを着たヴェーラ様を見たいです!」
もはや下心を隠しもせずに盛り上がるリベラトーレを見て、フレイヤは少し後退った。
まるで女神を崇拝するかの如く恍惚とした表情を浮かべるリベラトーレを恐ろしく思ったのだ。
「ふむ、たしかにお茶会もいいが……この手袋は舞踏会に着るドレスに合わせることが多いから、舞踏会の方が客も自分が身に着ける想像ができていいだろう」
「ええっ!? 舞踏会を開いたら、ヴェーラ様がどこの馬の骨とも知らぬ男と踊ることになるじゃないですかぁ~」
「シルヴェリオとだけ一度は踊るが、その後は商売と社交に専念する」
ヴェーラと引き続き本音が全開のリベラトーレの会話を聞きながら、フレイヤは舞踏会に参加するシルヴェリオの姿を思い浮かべる。
きっと、シルヴェリオもまた豪奢な装いで参加して、花のように美しいドレスを着た令嬢と踊るのだろう。
舞踏会は未婚の貴族たちが結婚相手を探す場でもあると、礼儀作法の教本で読んだことがある。もしかすると、シルヴェリオを舞踏会に参加させて、結婚相手を見つけることも狙いなのかもしれない。
そう思い至ると、なぜが胸が針を刺されたようにチクリと痛んだ。
「客の意見を直接聞くことも大事だろうから、二人はぜひ舞踏会に参加してくれ。ルアルディ殿のドレスも用意しよう」
「――え、私のドレス……ですか?」
自分の名前を呼ばれて意識を現実に戻したフレイヤは、シルヴェリオとヴェーラとリベラトーレが自分を見ていることに気付き、思わず居住まいを正す。
いつの間に、話題が自分へと移ってしまったのだろうか。
ぼんやりと考え事をしていたことに気付かれているのではないかと思うと、気恥ずかしいあまり消えたくなった。
「あの、以前ドレスを買ってくださっているので、私のドレスは必要ないかと……いえ、その前に、私のような平民が参加したら他の貴族の方々が不快に思うはずですから、せっかくのお誘いですがお断り――」
「そんなことはない。ルアルディ殿は王妃殿下のお気に入りの調香師だから、歓迎する者の方が多いだろう。それに、ドレスは舞踏会に合わせて仕立てるものだ。今回は私の商売に付き合ってもらうのだから、遠慮なく受け取ってくれ」
焦りと困惑で、たどたどしい口調ながらも辞退しようとしたが、ヴェーラに容赦なく話を進められてしまう。
完全に逃げ道を塞がれてしまい、心の中で悲鳴を上げた。
(シ、シルヴェリオ様、助けてください……!)
ちらっとシルヴェリオを見つめて訴えかけてみると、シルヴェリオはいつもの真面目な顔で見つめ返してくる。
きっと、想いは伝わったはずだとフレイヤは内心ホッとした。
「確かに、フレイさんも参加すれば、貴族女性の好みを知る良い機会になりますね」
「~~っ!」
しかし、予想は裏切られ、冷徹な判断を下される。
貴族しかいない舞踏会に放り込まれたら、自分はどうなってしまうのだろうか。
はやくも、フレイヤは肉食獣の群れの中に放り込まれた草食動物のように震え始めた。
一方で、シルヴェリオの言葉を聞いたヴェーラは上機嫌に、バラのような赤色の唇を持ち上げる。
「話は決まりだな。せっかくだから、ルアルディ殿にはダンスを学んでもらおうか」
「商品への意見を聞くだけですので、ダンスをすることはないかと……!」
「貴族と対等な素養が無ければ相手にしてもらえないぞ。だから、舞踏会までに練習に来てもらおう」
ばっさりと切り捨てられてしまい、フレイヤは半泣きで小さく悲鳴を上げた。