唇を隠して,それでも君に恋したい。
泡沫と知るあまいユメ。
それから僕らは,皆に関係を秘密にしたまま,約束通りいろんなことをした。
たこ焼きも食べたし,焼肉にも行ったし,水族館の代わりに遊園地にも行く約束もした。
敦はいつも僕を見ていたし,同じように敦を見ている僕を見ると,敦は嬉しそうだった。
そして案外甘えたがりでベタベタしてくる敦のことを僕が理解し始めた頃。
僕は学校でもこっそりとあちこちに連れ込まれるようになっていた。
「そう言えば,伊織は何で俺のこと好きだったんだ?」
たまたま廊下ですれ違ったところをよく分からない空き部屋へ連れ込まれた僕は,後ろから包まれて床に座り,その言葉に顔を顰めた。
もちろん今は2人きり。
僕が黙秘を持って対応しているともう一度同じ質問を投げかけられる。
「言わないよ。君こそどうなの敦」
僕よりずっと,そんな素振り1つなかったのは敦の方だ。
この状況に至ったきっかけが,僕には不思議で仕方ない。
僕はツンとした態度で敦の胸板に背中を押しつける。
本当は,ドキドキして仕方がなかった。
どうせ答えないだろうと思っていたのに,考え出した敦の姿に心拍数は上がっていく。
「……分かんないな」
「そ」
つい,そっけない態度をとってしまう。
期待した分だけ,僕はふぅと息を吐いた。
「けど」
「っ」
腕を両手で囲うように抱きしめられていた僕。
今度はいきなり片手で肩を抱くように密着され,さらさらとした硬い髪が僕のうなじを擽る。
「あつ」
「嫌だったんだ。和寧と伊織が,こうすること。それだけじゃない。そこにいるなら,"俺"がいいと思った。だからつい,体育倉庫で2人が何をしようとしてるか分かった時……咄嗟に声を上げて,初めて自覚した」
あの時……っ
敦は気づいた上で。
「本音を言うと,お前が……和寧を受け入れて,俺とは出来ないっていうのも少し,妬ける。もっと,好きになってくれたらいいのに」
敦の唇が,祈るように首筋へ触れる。
何度も何度も,敦は僕を愛でるように撫でて,後ろから襟元をめくったりしながらいろんな場所にキスを落とした。
僕は与えられる初めての小さな刺激に,羞恥を隠すよう唇を噛み締めて。
片手で力いっぱいそれを覆った。
そうでなければ,決壊したこの涙腺が嗚咽に変わって,気付かれてしまいそうだった。
どれくらいそうしていただろう。
敦が立ち上がったのに合わせて,僕も立ち上がった。
そっと,後ろから敦の袖を掴む。
そうじゃないんだ,敦。
僕は……
なんと,言っていいかわからない。
だからその代わり,精一杯の約束を送ることにする。