唇を隠して,それでも君に恋したい。

「いつか,話すよ敦。だから……和寧とのことは,一旦忘れて欲しい」



そしてどうか,もう2度とそんな気持ちになってほしくない。

僕は決意して,敦の胸にぎゅっと腕を回した。

唇が震える。

言わな,ければ。

自分から言うのは,やっぱり恥ずかしいけど。



「僕が好きなのは,君だけだよ,敦。……好きだ」



力強く,抱きしめて。

言葉を失っている敦を通り過ぎる。



「伊織……!」



後ろから,名前を呼ばれる。

逃げ出した僕を,敦が追いかけてこないことは,僕が一番知っていた。

僕が逃げると決めたのに,絶対に捕まえられる敦がそんなことをするはずがないんだ。



「はっ…はっ…………ふっ!!!」



走って,走って,立ち止まる階段の前。

しゃがみ込んだ僕は,ふぁ,と子供のように押さえていた嗚咽を溢した。



「ふ……ぅ。はぁ………っ」



くそ。

くそ。

なんで。

もっと上手にやりたい。

もっと幸せで居てほしい。

幸せで,幸せで。

涙が止まらない。

せっかく,恋人になれたのに。

僕は何も明かせない。

好きだ,好きだ。

ごめん,敦……
< 106 / 163 >

この作品をシェア

pagetop