唇を隠して,それでも君に恋したい。
『やだよ,あれは女の子が乗るやつでしょ! ままが乗りなよ,僕ぱぱと待ってるから』
『なんでぇ? ふふ。いいから。一緒に乗りましょう。……ほら,ままというお姫様を守る騎士様が必要だわ。それにかっこいい騎士には真っ白なお馬さんが必要でしょう?』
『う,ぅん……? それなら……』
『ぱぱ! ちゃんと撮っておいてね!!』
そして僕は,カメラが向く度顔を背けて……母親に,おかあさんに。
そうだ,怒られたんだ。
もう一度乗せられそうになるところを逃げ回って,お父さんはカメラを下ろして笑っていたっけ。
「り,伊織!」
いつの間に終わったんだろう。
ピクリとも動かず,降りようともしない僕を見て,いつからだろう。
敦は不思議そうに僕を待っていた。
「降りれないのか? ほら」
そんなはずもなかったが,僕は無防備に両手を広げる敦の胸に飛び込んだ。
「う”ん……」
僕より太い首に抱き着きながら,思わず涙ぐんだ瞳を拭う。
そうだ,僕は……あの人たちに,愛されていた。
それなのに,お腹を痛めて産んで,愛してくれたのに。
何も返せないまま,そうまでしてくれた僕という”息子”を,あんなひどい形で奪ってしまった。
あの人たちはもっと普通に,自分たちとの息子と幸せになる権利が確かにあったはずなのに。
……あの後,2人はどうしたのだろう。
僕に,妹か弟がいたりするんだろうか。
僕ももっと,愛されたかった。
「どうする? もう帰るか? 一度乗ったやつでもいいけど」
「まだ,乗ってないやつ,あるだろ」
立ち止まった僕を,敦は振り返った。
「あれ,乗りたい」
僕を見て,敦は困惑しながら頷いた。