唇を隠して,それでも君に恋したい。


「伊織,どした?」



スズが空気を敏感に感じ取って,相手の顔を見ながら寄ってくる。



「んー。わかんない。でもたぶん,なんでもない」



カズ。

名前と顔だけは,一応覚えておこうと思った。



「なにそれ~,なら早く行こーぜ」



三太にも急かされて,カズとその友達を見ながらまた歩き始める。

僕は外されない視線に眉を寄せながらも,どうせ人違いだろうと思っていた。

その"勘違い"が崩されたのは,HR前の掃除場所に向かった時。

リューとも敦ともスズとも別れて,トイレと言いながらサボる気満々の三太も置いて1人で向かった時だった。

僕は扉の向こうから聞こえた声に足を止める。



「なあもしかしていつもいる女顔の方。あいつって羽村 伊織とかいう名前だったりするか?」

「羽村? そんな名字だったけ」

「そーだよぉ。私中学一緒だったから知ってる。最近噂されてるよね~」

「そうそう」



僕の


「噂?」うわさ?



僕は扉に身を隠し,もう少しだけそうしていることにした。

もしかしたら,今朝のあいつも……

何かをどこかで聞いたのか。

マスクのさりさりとした感触に,僕はハッとする。

無意識に,唇を触っていた。
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