唇を隠して,それでも君に恋したい。


「困ってないですか。会場はあっちです」



僕は頭を振って,内心焦りながらもにこやかにもう一度声をかけ直した。

違うと言って欲しかった。

顔をよく見て,その声を聞いて,僕は安心したいと思ったのだった。

だけど



「……ありがとう」



困ったように眉を下げて僕を見たのは紛れもなく……



「だけど別に,迷ってるわけじゃない」



僕は息をのんで,だめだと分かりながら勢いよく顔を逸らした。

どうして,いやでも。

幸せになれ,と意味不明な言葉を置いた電話相手を思い出す。

いや,それがその通りの意味だったとして。

"敦"は何をしに来たんだろう。

怒っていないのか。

本当に僕に会いに来たのか。

燃えず冷めずにくすぶり続けていた灯火に油を注がれて,燃え上がりそうになるのを僕は必死に抑えた。

尽くしてきた研究が終わり,残りの生涯を子どもたちのためにさらに尽くす。

それが,この結末こそが。

僕のトゥルーエンド,いや,僕の人生に意味をくれた,ハッピーエンドのはずだった。

なのにどうして今になって,こんなところに君が。




「逢いたかった」



その一言に全てを忘れ,決壊する。

ぐわりと頭をつかまれて,振り回されているような気持ちだ。

僕は君を,10年も前に傷つけて突き放したのに。

眉がしらに力を込め,僕は未だ通話中のスマホを握りしめた。



「和寧!! なんの,どうしてこんなこと」

『だからプレゼントだよ。彼しつこくて。最早執念だよね。1年に数回必ず連絡してきては君の様子を聞いてくるんやから。毎年のプレゼントも,ほんとは敦から。さぁこれで研究もおしまいかと思った矢先に,君の居場所も見つかっちゃってね』


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