唇を隠して,それでも君に恋したい。
うそだ。
どうせそのうち引き合わせようとしていたに決まってる。
そうじゃなきゃ何度も敦に付き合うわけがない。
『ほら伊織,発表後初めての……患者だよ。君の研究成果をせいぜい実感すればいい』
実感何も。
僕は子供たちが僕の採取した唾液を含む様子を何度も見てきた。
それにここにはそのサンプルがない。
僕に,今ここでしろって言うのか。
改めて敦を見る。
困って,不安そうに。
何も声をかけない僕を待っている。
「どうしてきたの」
一方的に突き放して置いてきてしまったからか。
それは12年も僕を追うほどの事だったろうか。
僕は沢山最低なことをした。
自分勝手に振る舞って,それを帳消しにするために別の子とまた最低なことをした。
大人になった敦を真正面から見る。
髪が少し,野球部みたいに短くなった。
あの頃より更に優しくなった瞳も,すっと細められている。
何度も思い出した敦より,何度も想像した敦より。
ずっとずっと,格好いい大人だ。
そんな敦が,僕の心をぐらぐらと揺らすように,揺れるのを誘うように言う。
「好きだ,伊織。ずっとずっと,お前に逢いたかった」
僕は今度こそ目元を拭う。