唇を隠して,それでも君に恋したい。

"キミ"の戸惑いと"ボク"の歓び。

「なんか勢いで来ちゃったけど」

「うん」



真面目な顔で,何かを考える敦。

ここはもしかしたら,僕から口火を切るべきなんだろうか。

敦が見たものと僕がしようとしていたことは紛れもない事実で,なんと説明して良いか分からない。

ひとつ確かなことをあげるとすれば,それは恋心から来る行為ではなかったと言うこと。

好きなのか,とか,付き合ってるのとか。

そう言うことだけなら,直ぐにでも答える準備が出来てる。

だけど敦が言及したのは,別の事だった。



「俺は……お前に1番近い友達は俺だと思ってた」

「……え?」

「いつも近くにいて,些細な変化に気付いて,1番最初に頼ってくる相手は,俺だと思ってた」



それは,間違っていないと思う。

僕は敦がいたから,他者とかかわる機会を得て。

敦の事が好きだから,君の事ならなんでも分かって。

スズでもリューでもない,僕が一番に頼る相手は敦だ。



「でも。変わったよな」

「変わったって僕は」

「あいつ,和寧に。今は一番気を許して安心して,いつも名前を呼んで。バスでも伊織は絶対に俺を呼ぶと思ってた。……あんなに警戒してたのに,顔を明かして,キスするくらい……」

「それは違う!」



僕は困惑しながらも,それだけを叫ぶ。

和寧は確かにトクベツだ。

それはあいつが僕と同じだからで,分かりあえる唯一だからで。

全部全部,違う。

キスだって何も特別なことは無い。

ただ僕たちのようなS·Pがこの先,普通に生きていくための希望になればいいと,少なくとも僕はそう思っただけなんだ。

僕はただ。
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