唇を隠して,それでも君に恋したい。


「どうする? 伊織。敦は何を聞いてても何のこっちゃ分かってない。僕は全部伊織に任せるよ。誤魔化すなり,告うなり,打ち明けるなり。……僕から聞くよりいいやろ,敦も」



僕は初めて,敦の方を見た。

その長く見てきた僕ですら形容できない表情を見て,僕は驚きに目を奪われる。

敦は一言も話さず僕のもとに来て,未だ壁に挟まれていた僕を引き抜くようにして自身に寄せた。

不謹慎にも,僕の心臓がとくんとなる。



「伊織」



低く掠れた声が,更に僕の脳みそを刺激した。



「話がある。だから,こっちで話そう」



びくんと背筋が冷える。

僕は怖くなって,場にそぐわない穏やかな顔で手を振っている和寧を向いた。



「かず」



ぎゅっと手首の力が増す。

僕は口をつぐんで,しゅんとしたまま大人しく連行されることにした。



「敦……なにか,怒ってる?」



弁解するよりも先に出た言葉はそれだった。



「怒ってるとかじゃ……自分でも,良く分からない」



それきりなにも言えなくて,僕たちは外に出る。

そして太い柱の影を見つけて,向かい合った。













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