甘美な果実
 俺は瞬くんを連れて、既に県外に移動を済ませていた。部屋探しから何から少々大変だったが、瞬くんとの生活を思えば乗り越えられた。今後は二人で生きていく。俺は瞬くんともっと仲良くなりたい。瞬くんも俺と同じ気持ちになってくれなくては困る。一方的では歪な関係に成り果ててしまう。俺は瞬くんと、世間一般から異常だと言われるような関係になりたいわけじゃない。仲良くなりたいだけだ。仲良くなりたいだけ。

 御馳走のある家の前に辿り着いた。俺にとって、その日限りの職場のような場所。とりあえず全員の頸動脈を確実に切って殺してから、ケーキの心臓と首を貰って、瞬くんの待つ家に帰る。首を切断して心臓と共に持ち帰る作業が増えただけで、やっていることは初回から変わらない。一緒に食べる相手や話し相手がいるだけでモチベーションが上がるのは良いことだった。瞬くんには感謝しなければならない。

 インターホンも何も押さず、声も一切かけず、俺は黙って家に上がった。他人の家に勝手に上がることに罪悪感はなく、寧ろ、これからケーキを、高級なケーキを瞬くんと食べることができるという事実に高揚感のようなものを覚えていた。胸が弾んでいた。

 廊下を進み、複数の人の声が微かに聞こえる一室を目指した。恐らくそこがリビングだ。家族団欒の場所。目的のケーキの匂いもしている。確実にそこにいる。今夜の御馳走だ。軽く唇を舐めた。

 ズボンのポケットにしまってあるナイフを手にする。一人一人の首を確実に狙って、殺す。苦しませるつもりはない。そこまでのんびり遊んでいる暇はないのだ。家で瞬くんを待たせている。迅速且つ丁寧に、無駄なく殺す必要がある。それから、ケーキの心臓と、首を。貰う。
< 141 / 147 >

この作品をシェア

pagetop