白衣を着た悪魔の執愛は 不可避なようです
「白衣を着た悪魔っ!」

「黒瀬先生、お疲れ様です。良いお年を」
「中村さんも良いお年を」

大晦日。
通常勤務の夕映は夜勤の看護師(中村)に挨拶をして、ER室を後にする。

更衣室へ向かう前に、夜勤担当の戸部先生に今年最後の挨拶をするために医局へと。

「戸部先生」
「おっ、今帰りか?」
「はい、ちょうど患者が途切れたので」

ER室には研修医の中曽根医師がいるため、医局で休憩している戸部。

「飲むか?」
「はい」

戸部先生が淹れてくれる珈琲は酸味が少なくてとても飲みやすい。
辛いのは得意だが、酸味のある物が苦手な夕映は、珈琲チェーン店の珈琲がどうも苦手なのだ。

「今年は色々あったな」
「……はい」
「辛いことなんて、過ぎ去ってしまえばなんてことない。大怪我して傷が残ったとしても、それを凌駕する幸せが必ず訪れる。俺はそう思って治療して来た」
「はい」
「患者の安堵する顔も、お前の納得いった顔も、俺の医師人生を味わい深いものにしてくれてるのは確かだな」
「何ですか、今日はしみじみと」
「結婚して、初めて迎える新年だろ。新しい年は、今年の黒瀬の苦労を全て塗り替えてくれるほどの幸せな一年になるはずだ」
「だといいですけど」
「俺が保証する。お前はいい救急医になるよ」

クリスマスに入籍したことを戸部先生と病院長、それと事務局には伝えてある。
まだ暫くの間、『黒瀬 夕映』として勤務したい夕映は、最低限の必要書類のみ変更した。

医局内に内線が鳴る。

「はい、ERの戸部です」
「バイクのTA患者、左半身強打による鈍的外傷、左大腿部は骨折の疑い。二十代男性、BPは安定しています。搬送を受け入れてもいいでしょうか?」
「すぐ行く。詳しい事故の状況を聞いといてくれ」
「了解です」
「黒瀬、悪いな。TA患者が搬送されてくる」
「手伝いましょうか?」
「新婚なんだから、早く帰れ。旦那が家で待ってるだろ」
「……はい」
「お疲れさん」

戸部先生は医局を飛び出して行った。

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