利害一致の契約婚だったはずなのに、激しい愛が注がれるようになりました。
episode.2
「実玖先輩! 聞いてくださいよぉ」

 ある朝、職場の更衣室へ着くや否や、着替えを終えたらしい温子ちゃんが私の元へ駆け寄って来る。

「どうしたの?」
「事件です!」
「事件?」
「笹葉先輩が、この前の日曜日に女の人と歩いているところを総務課の人が見たんですって!」

 血相を変えて「事件」だなんて口にするもんだから何事かと思いきや、笹葉くんが女の人と歩いていた……なんて話で思わず拍子抜けしてしまう。

「そ、そうなの?」
「それも、すっごく綺麗な方らしいんですよ!」
「へぇ~?」

 私は相槌を打ちながらロッカーの前までやって来て着替えを始めた。

「先輩ってば! 呑気に着替えてる場合じゃないですよ? 聞いてます?」
「聞いてるよ。笹葉くんが彼女らしき人と一緒だったんでしょ?」
「やっぱり彼女……なんですかね?」
「そうなんじゃないの?」
「……やっぱり、笹葉先輩も面食いなんですね……何だかガッカリ……」

 酷い言われようだと、内心笹葉くんに同情を抱くも、特に興味の無い私は黙々と着替えを進めていく。

「笹葉くんの場合、外見で選んだ訳じゃなくて、名家の息子だし、親御さんが選んだ相手とかなんじゃないの?」
「ああ、まあ、どこかの令嬢とかですかね? 確かに、その線もありますよね。でも、何にしても私たちみたいな凡人じゃ駄目って事ですよね……はぁ……」

 そもそも、初めから見込みもないだろうに、何を期待しているのか私には分からないけれど、温子ちゃんを含む女子社員の殆どは笹葉くんともしかしたら付き合えるかも……なんて期待を持っているのかもしれない。

(っていうか、こっちは今、それどころじゃないのよね……)

 母が持ってきた縁談を断るか否かの期日が迫っている中、私は未だに架空の彼氏の存在を匂わせては返事を延ばし、母に本当の事を言えずにいた。
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