桜のミルキーウェイ
桜のミルキーウェイ
───プロローグ───
「明ちゃん!」
仲間からのパスが来る。
ゴールネットに向かって高く跳ぶと同時に視界一杯に大柄の知らない男が映り込み衝撃が身体中に走る。
「明ちゃん!おい、明ちゃん!」
「やめろ!脳震盪だ!揺するんじゃない!」
コーチの声が聞こえたのを最後に俺の意識は途絶えた。

───志───
意識が戻ると真っ先に母さんが俺を覗き込み涙を流していた。
最初は俺が目覚めたからだと思っていた。
でも、違った。
数十秒後俺は違和感に気付く全身の感覚がないのだ。
「…あれ?なんで…」
焦ってパニックになった俺は何度も何度も脚や手を動かそうとする。
が、脚はピクリとも動くことはなかった。
「もういい!もう…いいのよ…明…」
母さんが俺に覆い被さる様に抱きしめる。
そして騒ぎを聞きつけた担当医がやって来て俺に説明をしてくれた。
どうやら俺はジャンプした瞬間敵にタックルされ着地した際に頚椎を駄目にしてしまったらしい。
担当医の説明を聞いて俺の頭は真っ白になった。
それと同時に俺のバスケ部人生も真っ暗となった。

───リハビリ───
夜中俺は自分に起きた出来事に実感も持てず、寝過ぎにより目も冴えてしまい眠れずにただただ呆然と時が経つのを待っていた。
すると何処からか歌声が聞こえて来た。
その歌声はとても可愛らしい声で尚且つパワフルな歌声だった。
夜の病院で外から歌声が聞こえるというとても不気味な状況なのに俺はその歌声に聞き惚れいつしか眠りに就いていたのだった。

お昼看護師がやって来てリハビリをしようと誘う。
「まだ歩ける希望はあるから頑張ろう」と言われその言葉を信じ看護師に俺の身体を託す。
リハビリ終了後「本格的に頚椎が治れば歩く練習も始めようね」と言い残し看護師は去って行った。
一体俺の脚が治るのはいつになるのだろうか…
そんなことを考えながら同じ毎日を過ごす内に月日は過ぎ去り早半年……
その頃には俺は立って短距離だが歩くまでに回復していた。

最近はリハビリ室へ向かい俺は何度も何度も地べたにへばりついては立ち上がりを繰り返す地獄のような時間を過ごし、病室へと帰還する。
病室の簡素なベッドに腰掛けると隣人が声をかけて来た。
「今日からお隣になりました。夕星と申します。よろしくお願いします」
頭を下げる隣人の母親に俺も頭を下げつつ挨拶を交わす。
それが俺と彼女との出会いだった。

───歌おうよ!───
夕星 桜(ゆうづつ さくら)が隣に来てから約2週間俺はいつしか桜と仲良くなっていた。
そして隣に桜が来てからの俺は何度も天真爛漫な桜に励まされていた。
そんなある日突然桜の手術の日が決まった。
その日の夜桜が病室から脱走しちょっとした騒ぎになった。
外に出て桜を捜していると中庭からあの可愛いらしい歌声が聞こえて来た。
「桜!」
中庭の花壇を眺めながら歌を歌う桜を見つけ駆け寄る。
「明ちゃん…」
俺の名前を呼んだ桜の顔は不安に満たされ今にも泣き出しそうな顔だった。
「桜」
「ねえ、明ちゃん…明ちゃんはさどうしようもなく怖い時どうする?」
「どうした?手術怖いか?」
「ん…怖いんだ…手術が怖いんだ…だからここで不安なの歌って誤魔化してたの」
不安と恐怖に震えながらか細い声を出す桜に
「そっか…じゃあ、俺も歌お!いいよな?」
と手を差し伸べる。
「デュオがしたいってこと?しょうがないなぁ〜」
と口では言いながらも顔はとても嬉しそうなそして安心しきった笑顔を浮かべていた。


その後、手術は成功したが副反応により桜は体調を崩した。
息を荒くしながら小さく呟く。
「まだ…死にたくない」
俺は桜の隣で手を繋ぎ「大丈夫だ…大丈夫だ」と呪文のように言い続けることしか出来なかった。
そこから1週間桜は寝たきりの生活を送りやっと熱が下がった。

だが、今度は俺の心が挫けた。
バスケ部の友達が見舞いに来たのだ。
「また一緒にバスケしような」「待ってるからな」戻れるかも分からないのに皆も解っているだろうに希望をチラつかせ
「コーチに言われたから来たけどあれは無理だろ」
「だよなー。ま、アイツ別にエースでもないしそんな影響ないからいいけどな」
病室から出るとわざと聞こえるように陰口を吐いて帰って行った。

その日の夜俺は病室を抜け出して中庭で泣いていた。
「あ、ここに居た」
「桜…」
「夜に抜け出すとはいけない子だなぁ明ちゃんは♪」
「桜も人のことは言えないだろ?」
「まぁ、そうなんだけど」
「どうしたんだよ…夜にこんな所までまた熱ぶり返すだろ」
「いいじゃん。歌いたかったの」
桜が歌い出すと俺は入院初日に聞いた可愛らしい くもパワフルな歌声が辺りに響く。
「俺が入院初日に聞いた歌声は桜の歌声だったんだな」
「ふっふ〜ん♪やーっと気付いたか!暗い顔してたからお見舞いのつもりで歌ってたの♪」
「めっちゃ励まされたよ…ありがとな」
と、俺はお礼を言うと
「それなら良かった」と笑顔で言い隣に腰を下ろす。
「あっ!んもぅ!!ふたりともこんな所に居たのね!」
「やばっ!斉藤ちゃ〜ん!ねっ?今日はもう戻るから!ねっ?許してー」
斉藤ちゃんと呼ばれた男は溜息を吐きながら「んもぅ!桜ちゃんは何回目の許してよぉ、それに貴方病み上がりでしょう!?」
と桜を叱りながら俺のことを見て
「明ちゃんも桜ちゃんの影響かしら?」
と聞いて来た。
「どうして?」と首を傾げると
「泣いてる顔してるからよ。桜ちゃんはね嫌なことだったり不安になったりするとここで歌ってるからね」と返って来た。
全く感の鋭い男だ。

その日から俺は桜の体調が優れない日や俺の心が挫けたりすると桜のように中庭から見える空を見上げ祈るように歌うようになった。

───退院したら───
俺がこの病院に来て早一年遂に俺の退院日が決まった。
「桜!」
「明ちゃん聞いて!」
「どうした?」
俺は桜に先に話してくれと促す。
「私の退院日決まったよ!」
桜が俺の促しに応える。
「おめでとう。俺も実は退院日決まったんだ」
「マジ?おめでとー!同じ日だったりするのかな?」
興奮気味に桜が喰いつく。
「じゃあさ、せーので言わねぇ?」
「いいねっ♪じゃあいくよ!せーのっ」
「「9月5日!」」
「えっ!嘘ー!一緒じゃーん!!」
「マジかよ!絶対斉藤ちゃんの仕業だろ」
「うちらが仲良いのはもうみんな知ってることだよ。だからみんなが都合合わせてくれたのかな?」
「かもな」
「でも寂しいなー退院したら明ちゃんと会えなくなるじゃん…」
しょんぼりする桜に俺は言う。
「だったらさ…クリスマスの日会おうよ!俺も遠出出来るように鍛えるし」
「本当に!?じゃあ待ち合わせ場所ここにしたいなー♪桜の木にね、イルミネーション付けてるの♪」
と言いながら桜がスマホ画面に映る公園を見せて来る。
そこには光り輝くイルミネーションの桜並木があった。
「いいな!そこ!あ、じゃあ待ち合わせ時間は夜がいいか」
「19時にしない?」
「いいよ。そうしよう」
「やった!そこから見える星空も綺麗なんだふたりで絶対に見ようね!」
「あぁ!約束な」
「約束♪」
そうして俺達は指切りげんまんをし無事に退院の日を迎えたのだった。

───さようならだね───
看護師達の粋な計らいで俺達はふたりで一緒の時間に病室を旅立つことになった。
母さんに連れられて桜と桜の母さんに挨拶をしタクシーに乗り込むと…
「待って!」
「桜!?」
「絶対会おうね!約束だからね!」
といつもの活発な桜には似合わない不安で一杯の表情で念を押す。
「当たり前だろ!桜も期待して待ってろよ!ムキムキになってるからな!」
それが俺と桜の最後のやり取りになることも知らずに俺は桜に手を振りタクシーは走り出した。

一ヶ月後俺は経過観察の為に病院を訪れる。
「お、明じゃん!元気してたか?」
「黎にぃちゃん!俺は元気だよ!それより桜に会った?元気にしてるかな?」
いつも優しく笑顔の朗らかな中3の黎にぃちゃんに桜の容態を聞く。
「あっ…お前知らないのか…」
「…?なんだよ、桜に会ったのか?」
黎にぃちゃんは数秒間悩んだ末
「桜なら退院した数時間後にここに運ばれて亡くなったよ…交通事故だってさ」
「は?」
と告げ、気まずそうに俺を励ました。
だが、俺はもう何も考えられずただただ呆然としていた。

───日記───
桜の訃報を聞いてから俺の心はもう何処にも無かった。
アイドルが大好きでご両親にアイドルのグッズやCDなどを強請り夜中に病室を抜け出し歌っていた桜はもう居ないのだと知らされても実感が持てず俺は桜にメッセージを送ることにした。
だが、メッセージを送れば桜がもう居ないことを認めざるを得なくなるのが辛くなりアプリを閉じる。
そして黎にぃちゃんに通話出来るかメッセージを送った。

30分後黎にぃちゃんから返事が来た。
"通話は無理だけどメッセなら行けるぞ。どうした?"
"桜の家の住所とか知らない?"
"俺の知り合いに桜ちゃんの知り合いが居るからソイツと連絡してから教えるわ"
"ありがとう"
"へいへい、あんま思い詰めるなよ"
"うん"
そして黎にぃちゃんから桜の住所とお墓まで教えて貰い俺は明日早速行ってみることにした。

翌日俺は休日の静かな電車に乗り込み桜の墓へ向かう。
無事に桜の墓へ辿り着き花を供え桜へ挨拶を済ますとふと人影が視界に入る。
「あぁ…君は…明君か。久しぶりだね」
「お久しぶりです…」
「そうか…気付いてしまったか…」
「え?」
「君が桜のことを好意的に思っていたことは明らかだったからね。ショックを受けないように親御さんが伝えてないだろうと思っていたから…」
そこで俺はもう桜のことはみんなが知る"事実"でみんな俺を傷つけまいと黙っていたのかと思い知った。
「そうだ、君に見て貰いたい桜の日記が家にあるんだ時間はあるかい?」
「あ、はい!大丈夫です…」
そうして身構えながら桜のおじさんに招かれ俺は桜の家に上がった。
「大したものはないけどゆっくりしててね」
と言いお父さんは桜の部屋から日記を取りに行った。
しばらくするとおじさんが戻って来る。
「はい」
「ありがとうございます」
日記を受け取りページを開き日記を読み進める。
渡された桜の日記は俺への想いで溢れていた。
次第に涙が浮かび上がり拭っては浮かび上がりを繰り返しながら桜の日記を読み終えノートを閉じるとおじさんが口を開いた。
「ありがとう、あの子の青春時代を共に過ごしてくれて…あの子は口を開けばいつも君のことを話していたよ」
「おじさん…」
「さ、今日はわざわざ遠くまでありがとう。送るよ」
と言われ時計を見ると18時だった。
「ありがとうございます」
そしておじさんの車で帰宅した。

───再会の夢現───
そして桜との再会を誓ったクリスマスの日の朝
俺はかなり早めに身支度を済ませて待ち合わせの19時までスマホを適当に弄ったりして時間を潰し、そして余裕を持って自宅を出て約束の公園へと向かった。

公園へ辿り着き時計を見ると丁度19時だった。
桜の枯れ木がイルミネーションにより彩られカップルが盛り上がっているのを横目にひとりで一通り回ると俺は家へと帰宅した。
父さんも母さんもふたりとも仕事で居ない為、俺は桜のイルミネーションを思い出し桜と見たかったと玄関で泣き崩れた。

いつまで泣いていたのだろう涙も乾き喉も乾いた頃母さんが帰って来て玄関で座り込み目を腫らした俺を見て母さんは小さく悲鳴を上げ「どうしたの」と聞いて来た。
そして俺は今日のことと桜のことも話した。
「やっぱり気付くか…ごめんね…すぐに言えなくて」
そう言って俺を抱きしめた母さんは少し涙声で震えていた。
きっと母さんも辛かったんだろう良心が痛んでいたのだろうと思うと申し訳なくなると同時に母さんと父さんに感謝したくなった。
「母さん、俺のこと気遣ってくれてありがと」
「どういたしまして。でも、傷付く所は見たくないって教えなかった私達も悪いわ…本当にごめんね…」

その日の夜眠りに就くと夢に桜のが出て来た。
「桜!」
「明ちゃん!」
俺達はハグをし合って久しぶりの再会を喜んでいると桜が呟く。
「明ちゃん、私…約束守りに来たよ」
とびっきりの笑顔で桜が笑う。
「桜…ありがとう…」
思わず桜を抱きしめる。
「どうし…」
「日記…叔父さんに見せて貰ったんだ。俺も桜が好きだ、ずっとずっと愛してる」
「……そっか、見ちゃったかー。恥ずかしいな…」
頬を染めて手で顔を扇ぐ。
「だって嬉しかったから…俺も同じ気持ちだし」
「そっか…ありがとう明ちゃん。私も明ちゃんのことが大好き!愛してるっ!」
そこからはふたりで歌い踊り、ムキムキになった俺を嗤ったりして和やかに時が過ぎて行った。
「あ、もう時間か…」
「桜?」
途端にしょんぼりする桜にどうしたのか聞こうと近づくと桜が口を開いた。
「明ちゃん、私ね…明ちゃんが大好きだよ!ずっと一緒に居たかったよ!でもね、明ちゃんには前に進んで欲しいとも思ってるんだ」
「桜?何を言って…」
そう言いかけて気付く徐々に桜が透明になっていくことに。
「明ちゃん、私幸せだったよ!だから明ちゃんも早く幸せになってね!」
笑顔の桜が完全に消え去って俺は泣きながら起床した。

起きると学校へ向かい放課後俺は電車に乗り込み桜との約束の場所へ再び訪れていた。
初めて来た時は沢山のカップルで気付けなかったが改めて見ると道の途中で分かれ道になっていた。
なので前とは違う道を選び進んで行く。
すると丘の上に月光に透ける桜の幻影が見えた。
「桜」
「明ちゃん…ふふっさっきぶりだね」
「だなっ」
「…あーぁ、明ちゃんにバレちゃったかあー」
「?」
「ここね、私の真のお気に入りなの♪月がよく見えて後ろはイルミネーションで彩られてて好きなんだー」
「そうだったんだな…あー!俺も初見で気づきたかったなあー!」
俺が悔しがってると
「ここ目立たないから明ちゃんも気付かないと思ったのにーまぁ、いいや!やっぱり綺麗だなー」
桜は口を尖らせながらイルミネーションを眺める。
「確かに綺麗だな…でも、桜も綺麗だ」
俺も桜に習いイルミネーションを眺め本音を告げる。
「なにそれー漫画じゃないんだからね!でも、ありがとう」
にっこり微笑む桜を見て俺は再び桜お気に入りの絶景へと目を向け再び桜を見ようと視線を向けると桜は消え去っていた。

そして翌朝のニュースには"親子の交通死亡事故の犯人獄中自殺!"の見出しがトピックとなっていた。

───エピローグ───
6年後
「メイ〜ヘアスプレー」
「あいよっ」
「サンキュー」
「おーい!円陣組むぞー」
「「「はーい!」」」
グループの仲間とわいわいしながらヘアメイクと着替えを済ませて円陣を組む為に並ぶ。
「Spicaー!ファイ!」
「「「「おー!」」」」
無事に円陣を済ませステージへと上がり俺は今日も笑顔で桜の分も歌い踊る。
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