不倫日和~その先にあるもの……それは溺愛でした。

 社長は仕事だと言って社長室へと戻り、蒼紫さんも仕事のため自分の執務机でパソコンを打っている。私達は副社長室で、忙しそうに仕事をする蒼紫さんを無視する形で、京子さんとソファーで優雅にお茶を飲みながら、若かった頃の紫門さんの話を聞かせてもらった。私も出会ってからの紫門さんの話を京子さんに聞いてもらった。

「まあ、あの人そんな事を?」

「はい。奥様……京子さんの事が大好きだったんですね」

「ふふふっ……」

 紫門さんの話をすると、京子さんが嬉しそうに笑った。

 それから話は弾み、一時間……いや二時間経った頃だった。

「ところで菫花、父さんは本当に菫花に何もしなかったんだよな?」

 いつの間にか私の隣に腰を下ろした蒼紫さんが、そう聞いてきた。

「それはどういう意味?」

「えっと……その、だから、キス……とか?」

 言い淀みながら瞳を右往左往させる蒼紫さん。そこに社長が顔を出した。

「お前はまたそんな事を言っているのか?」

 社長は私達の様子を見にやって来たようだ。

「父さんがそんな事すると思うか?」

「いや……だけど……」

 言い合いを始めた二人を見つめながら、私は紫門さんとの最後の日を思い出していた。

「そう言えば最後に……」 

「最後に何だ!」

 蒼紫さんが腰を上げ、前のめりになりながら声を上げた。その様子に驚きつつも、私は口を開いた。

「えっと……お別れの挨拶と一緒に、おでこにキスをしてくれました」

 ぽっと私が頬を染めると、社長がピューッと口笛を吹いた。

「父さんやるじゃないか。しかし、最後まで紳士だな」

 それを聞いた蒼紫さんが拳を握りしめながらブルブルと震えている。

「あのおやじ、やりやがったな!」

「まあ、あの人ったら、そんなこと一言も言ってなかったわよ。ふふふっ、今頃天国で慌てているわよ。ほら、あの人が頭を下げている姿が目に浮かぶわ」

 そう言って京子さんが上を見上げたので、私達も視線を上に向けた。

 そこには平謝りする紫門さんの姿が、見えたような気がした。




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