命がけの身代わり婚~決死の覚悟で嫁ぎます~
§1.天地を揺るがす事件
 川は絹糸が動くように流れ、キラキラと輝く湖の水面には白鳥が羽を休めている。
 山の木々はみずみずしくてまさに紫幹翠葉(しかんすいよう)
 数百年に渡って戦争はなく、国民は安心して暮らしている。それがここ、エーテリアル帝国だ。
 この国ではきちんとした身分制度が定められており、皇族や爵位を授けられた貴族は特権階級として優遇されている。

 平民のフィオラは二年前から住み込みの使用人として貴族であるブロムベルク家で働き始めた。
 主人の名はマルセルと言い、家族は妻のサマンサと長女のカリナ、長男のエルヴィーノ。
 とはいえ、エルヴィーノは昨年から隣国に留学中で今は家を空けている。

 フィオラはカリナ専属の侍女として仕えていて、育った田舎とはずいぶん違う都会での暮らしにも順応性が高い彼女はすぐに慣れた。
 先祖代々公爵の爵位を賜っているブロムベルク家の屋敷は土地も建物も広大で、カリナの部屋も豪奢(ごうしゃ)な家具や贅を尽くした調度品が配置されている。

「今日はサイドの髪を編み込んでちょうだい」

 大きな鏡が特徴的なドレッサー。その前に座るカリナのブロンドのつややかな髪を梳かすのはフィオラの日課だ。

「かしこまりました。お嬢様の髪は潤いがあって本当にお綺麗ですね」
「フィオラがていねいに手入れしてくれるからよ」

 お世辞とも取れる言葉を聞いて照れたようにハニかむカリナの性格は、ワガママで世間知らずな令嬢にしては意地悪ではない。
 気に入らないことがあっても、使用人や侍女たちに当たり散らして心無い暴言を吐いたりはしないので、フィオラも誠意を尽くすことができている。
 フィオラの実家は田舎の貧しい養蜂農家で、カリナは公爵家の令嬢。生まれたときからの違いは明白だ。
 ふたりは同い年で妙齢だが、フィオラは貴族の箱入り娘であるカリナを羨んだりやっかむ気持ちは皆無だった。

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