命がけの身代わり婚~決死の覚悟で嫁ぎます~
§5.白日の下に
***

 なにごともなく平穏無事に暮らせればそれでいい。
 ふたりはそう願ってやまなかったが、フィオラがローズ宮で暮らし始めて半年が過ぎたある日、クリスタル宮から使いの者がやってきた。
 古くから皇帝のそば近くに仕えている近侍(きんじ)のコーベットという五十代の男性だ。
 第二皇子に伝えなければならない重要な事柄があるというので、スヴァンテは彼を応接用の広間に通し、テーブルを挟んで向かい合って座った。
 若い使用人ではなく、皇帝から信頼を得ているコーベットがわざわざ足を運んできたというだけで、スヴァンテは嫌な予感がしていた。

(クリスタル宮内でどんな一大事が起きたというのだ……)

「ローズ宮に来るのは何年ぶりでしょう。懐かしいです」

 コーベットは穏やかな笑みをたたえたが、正体がバレることを恐れたスヴァンテは挨拶代わりの昔話を避けた。

「で、話とは? ほかの使用人に言伝(ことづて)を任せられないほど重大なことか?」
「はい。かなり」

 落ち着きながらもコーベットの笑みが苦笑いに変わっていく。
 スヴァンテは小さく溜め息を吐きつつ、視線で話の先を促した。

「実は先日、ミシュロ殿下が問題を起こされました」

 てっきりフィオラの身代わりの件でなにか証拠を突きつけに来たのかとスヴァンテは構えていた。
 なので突然ミシュロの名前が出てきたのは想定外だった。どうやら今回は身代わりのことと関係ない話のようだ。

「兄上が?」
「皇帝陛下は烈火のごとくお怒りで、皇太子の座を廃すると仰せなのです」
「は?!」
「お考えを改められるお気持ちはないようですので、そのうち正式な王命が下ります」

 スヴァンテはひどく驚き、目を見開いたままコーベットを凝視した。
 皇帝とミシュロの仲は決して悪くない。嫡男として子どものころから帝王学を学ばせ、後継者にするつもりだったはずだ。

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