君はまだ甘い!
マヤとトオルが部屋に戻ると、マヤの席にはルイが座っており、ルイの彼女の明美が、空いた帝王の隣に座っていた。
ルイが気を遣って、マヤを帝王から遠ざけてくれようとしていたのだろうか。

それを見たトオルは、自分の席に戻りながらマヤを自分の隣に座るよう促した。

マヤは若者二人のさりげない気遣いを感じながら、多分このメンバーの中では最年長になる自分の不甲斐なさを恥じた。
ただただ、離婚して不貞腐れている中年女、という印象だけを残して帰りたくはなかった。

帝王が若干気まずそうに、「悪かったな」と、マヤの半分ほど中身が残っているジョッキを手渡してきた。

「ほんま、嫌な奴やわ。ま、でも、イケメンに慰められたから、結果オーライ。むしろ、感謝してるよ」

ジョッキを受け取りながら精一杯強がって見せると、帝王の申し訳なさそうだった表情が一瞬にして消え、まるで能面の様になったことに、マヤだけが気付いた。

「いや、トオル、その顔面に加えて”紳士”って、反則やわ。そんなんどんな女も落ちるやん。ずるいわ!」
 
ルイは半ば呆れ顔でトオルを称賛する。
トオルは、いやいや、とはにかみながらも、他に思考を巡らせているようだった。

しばらくの間、全員が黙々と箸を進めていたが、やがてトオルがひとつ咳ばらいをしてから口を開いた。
「あ、あの・・・」
部屋の外ではせわしなく動き回る店員の声が飛び交い、薄い壁を隔てた隣の部屋からは陽気な笑い声や拍手が絶えず聞こえてくる。
その喧噪とは対照的に静まり返ったこの部屋で、皆の視線は一斉にトオルに引き寄せられた。
< 25 / 82 >

この作品をシェア

pagetop