君はまだ甘い!
「いい加減にして!私に何の恨みがあるっていうん?」

何とか怒りを抑えながら、カップを見つめたまま声を低めてそう返すと、

「恨んでないぜ。その反対だ。お前と付き合いたいと思ってる。だから他の男に色目を使うお前にムカつくんだよぉ!」

(なに、その理不尽な言い分?)

怒りを通り越して、呆れた風にマヤの口からフッと笑いが漏れた。

「悪いけど、こっちは全くそんな気はありません。てか、気持ち悪いんですけど!」

冷静を保ちつつも、最後には本音が口をついて出た。
しまった、と思ったが遅かった。

今度は背後から肩越しに、マヤのそれより五倍ほど重量がありそうな、大きく太い手が伸びてきたと思ったら、その手はマヤの胸倉を掴み、そのまま強引に彼の方に向かせようとした。

(え?私、男に胸倉を掴まれたことなんかないんですけど?!殴られるの?)

恐怖で背筋が凍った。しかし頭の中では、

(酔っ払ってるし手加減はしなさそうだな)
(こんな分厚い手で殴られたら結構なケガになるな)
(入院とかになって、会社休まなくてはならなくなるのは困る!)

と、冷静な思考が瞬時に巡り、次の瞬間には〈反撃〉を決めていた。

(自分の身は自分で守る!)

グイっと襟元を引き寄せられながら、なみなみと注がれた目の前のコーヒーカップを掴み、振り向きざま、彼に向かってぶちまけてやった!

・・・と思った。


しかしマヤは次の瞬間、驚愕で目を見開いた。手にしたカップを向けた先にいたのは、帝王ではなく、トオルだった。




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