きみのためならヴァンパイア



いつの間にか雨はやんでいて、二人だけの空間に静寂が訪れる。

小窓からはやさしいオレンジ色の夕陽がさしこんで、男の人を照らした。


「迷子?」


よく見れば、男の人というほど歳上じゃなかった。

私と同じ、高校生くらいかもしれない。

きらめく銀の髪に、金の瞳。

整った顔立ちも相まって、同じ世界のものとは思えない。

夏なのに羽織っている黒いロングコートのせいで、よけいに現実離れしているように感じる。


「おい」


頬をつつかれた。

思わず見とれてしまって、返事するのを忘れてた。


「あっ、えっと、そう! 迷子です!」

「へぇ……?」


彼はおもむろに私の胸ポケットに手を伸ばす。

何をするのかと身構えたが、彼の指先はポケットの中の生徒手帳を引き抜いた。


「暁、陽奈――……ふ、っ……」

「な、なに?」


私の名前のどこに笑う要素があったのだろう。


「いや、なんでもねぇよ。迷子のヒヨコちゃん」

「ひよっ……!?」

「迷子ってことは、帰りてぇのか?」


問われて、すぐ答えられなかった。

そんな自分に嫌気がさす。


帰りたくない。帰らない。

そう思って、家を出たはずだ。

それなのに少しだけ、帰りたくなってしまった。

ボロボロで、襲われて、もう嫌だって思ってしまった。


そんなにすぐ揺らぐなんて、私の決意はなんだったの?


もう、帰りたいなんて思いたくない。

だから、逃げ道なんてなくしたい。


「……帰るところなんて、ない」

「じゃ、迷子ってより、捨て子か」

「違う! 自分で家を出たの!」

「ふーん、あっそ」


ぶっきらぼうに言いながら、彼は私に手を差し伸べる。


「……えっと……?」


言ってることとやってることが合ってない。

その手がどういう意味を持っているのか理解できない。


「拾ってやろうか? 俺の言うこと聞くなら、だけど」


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