きみのためならヴァンパイア
思わず、肩が跳ねる。
単純な驚きと、出口を探そうとしたのがバレたかもという焦りのせいだ。
冷静にいようと思えば思うほど、心臓はばくばくと大きな音をたてる。
今、私の後ろにいるのは、誘拐犯に違いない。
……けれどそれにしては、威圧感のない声色だった。
もしかすると、誘拐なんて私の勘違いかもしれない。
なにしろ、薬品のせいか記憶が曖昧になっている。
だから自分のことが信用できなかった。
きっと、大丈夫。怖くない。
そんなふうに心の中で自分に言い聞かせーー意を決して、振り向く。
「ばぁ」
そこにいたのは、陸君だった。
広げた両手を顔の横に出し、おどけている。
その様子に、からだの力が抜けた。
「く、陸君! 脅かさないでよ……」
陸君は、何も言わない。
「……陸君……?」
陸君の顔をうかがうが、彼の長めの前髪が目線を隠し、口元を覆うマスクのせいで表情が読めない。
誘拐犯だと思った人が陸君だとわかった瞬間は、ほんの少しだけ安心した。
でも、陸君と誘拐犯がイコールである可能性はゼロじゃない。
「……陽奈ちゃん、だいじょーぶ? 顔色悪い」
マスクのせいでくぐもっているからかもしれないが、優しいはずの言葉が、少し怖く感じる。
「ーーなんで陸君、こんなところにいるの?」
「んー……」