きみのためならヴァンパイア
陸君は考えるような素振りをしながら、ゆっくりとした歩みでソファを回り、私の元へ来た。
「まー、色々考えることはあったんだけどさ、そろそろかなぁと思って」
「そろそろって、なにが……?」
「食べ頃」
陸君の言葉に感想を抱く暇さえ与えられず、私は、あっという間に抱えあげられてしまった。
「えっーー」
そのままソファへそっと下ろされ、陸君はおもむろに私に覆い被さる。
「陽奈ちゃんの血、すっごくおいしいんだってね」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
「もう待ったよ。待ちくたびれちゃった。だからもういいでしょ?」
マスクを下げた陸君は、牙を見せて笑う。
その顔は紛れもなく、獲物を前にしたヴァンパイアそのものだ。
「……陸君が、私をここに連れてきたの?」
「そーだよ」
紫月の勘は正しかった。
陸君はいい人なんかじゃなかった。
ショックを受けている場合じゃないし、誘拐犯が陸君なのは薄々気づいていたことだ。
「……それって、私の血を飲むため?」
「んー、半分当たり」
話せば話すほど、陸君がひどい人だって理解していく。
けれど心の中で、どうか悪い人じゃありませんようにと願ってしまう。
「で、でも、どうして私のこと、拘束もしないでほっといたの? だって、逃げちゃうかもしれないのに」
そんなことを聞いたのは、少しだけ希望が欲しかったからかもしれない。
もしかして陸君は、私に猶予を与えてくれていたんじゃないかって。
絶対的な悪人なんかじゃないのかもしれないって。