人質公女の身代わりになったら、騎士団長の溺愛に囚われました

1 まなざし

 ローザは冬の城塞と呼ばれる街で、母と共に穏やかに暮らしていた。
 母は小さな食堂を開いていて、ローザは子どもの頃からそこで給仕をしていた。ローザは大人しく、言葉も少ない少女だったが、そんな彼女でも食堂の給仕が務まるのは、ここが騎士たちに守られた城塞だからだった。
 ローザにとっても、騎士様というのはあこがれで、いつも遠くから仰ぎ見る存在だった。
 けれど近頃、ローザを変わったまなざしで見る騎士がいる。
「……ご注文をうかがいます」
 その騎士は、ローザが声をかけない限り自分からは口を開かないほど寡黙だった。いつもカウンターの隅から、黙ってローザをみつめている。
 彼は黒髪で灰色の瞳をしていて、少し陰のある表情の人だった。面差しは端正で中性的だったが、重い銀の鎧にも揺らがない身のこなしはまぎれもない男性だった。
 ローザがいつも通りそっと声をかけると、彼は短く注文を告げた。ローザはうなずいて復唱すると、彼に背を向けて厨房に向かう。
 いつもはこれで彼との会話は終わりだった。料理を出して、彼は代金を置いて帰って行く。
 けれどローザが料理を運ぶと、彼は顔を上げてローザに問いかけた。
「君は時々咳をする。何か病をわずらっているのか?」
 ローザはそれを聞いて、思わず母に聞こえていないか顔を上げて確かめた。
 母は厨房で忙しく調理をこなしていて、カウンターの隅の声までは聞こえていないようだった。
 ローザは淡く笑って首を横に振る。
「他愛ない持病です。土地柄、ここは冷えますから」
 ローザは先日、ひとりで医者の元に行った。……その答えは、母にさえ話せなかった。
 彼はローザの嘘を見抜くような鋭い目をしていた。それでも、ローザは決して上手くない自分の嘘を押し通した。
 騎士は息をついて、もうひとつローザに訊ねた。
「君はどこかに行きたいか?」
 ローザは首を横に振って、それにもほほえむ。
「ずっとここで、母と食堂を続けていけたら幸せです」
 彼はローザの言葉を聞いて、初めて表情を変えた。
 苦いような笑みを浮かべて、彼は言った。
「……では私は悪人にならなければな」
 ローザは首をかしげたが、騎士はもう席を立っていた。
 彼は食事をすることもなく、ただ代金を置いて、雪の降る闇の中に歩き出して行った。
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