人質公女の身代わりになったら、騎士団長の溺愛に囚われました

2 身代わり

 ローザの日常を崩したのは、冬の城塞をたった一日で奪ったクーデターだった。
 冬の城塞は古い時代にやって来た大公一族が治めていたが、彼らの放蕩ぶりは諸国に知れ渡っていた。大公も公子も、見目の良い城下の娘たちを城に連れ去っては無責任に子を産ませ、飽きたら城外に放り出すという始末だった。
 ローザの母も彼らの放蕩の被害者だった。城に届け物をしたときに大公に手をつけられ、城外でローザを産み落とした。
 そんな被害を受けた娘は一人や二人ではなく、臣下に乞われても贅を尽くした生活を変えなかったこともあって、大公一族の評判はひどく悪かった。
 だから実質的に城下を守ってきた騎士団が大公一族を弾劾したのは、城下の人々の待望の瞬間だった。
 けれどローザの元に大公からの使者が来たとき、ローザはこれが悪い知らせだと理解した。
「お前がローザだな。喜べ、大公殿下のお召しだ」
 大公の数々の放蕩を手助けしてきた、人さらいのような使者はローザの手を無理やりにつかんで言った。
 ローザの母は懸命に使者の暴虐に追いすがる。
「何をなさるのですか! 娘は大公殿下とは何の関係もありません!」
「人質に使える。この女も連れて行け」
 使者は冷たく部下に命じて母を捕らえさせて、ローザは慌てて声を上げた。
「大公殿下のご命令に従います! ですから、どうか母に手出しをしないでください」
 必死で告げたローザの言葉を鼻で笑って、使者は言う。
「城下の者が大公殿下に従うのは当然だ。おまえたちは大公殿下の奴隷なのだからな」
 ローザと母は有無を言わさず、住処から連れ去られることになった。
 街はどこも騎士団によって解放された喜びで満ちていたが、ローザたちが連れられて入った王城は冷え切っていた。
 ローザは母と引き離され、どうしてか侍女たちによって裸にされて体を拭かれた。母が作ってくれた大切な服はどこかに持ち去られ、代わりに豪奢な絹の衣装をまとわされる。
 使者はローザの支度が終わると、物色するように無遠慮にローザを見て言った。
「ふむ。賤の腹ではあるが、殿下の血も一応は入っているようだな」
 母は無理やりに大公に欲望を注がれたというのに、酷い言い様だった。母が人質に取られていなければ、大人しいローザだって怒ったに違いなかった。
「来い。賤には度を越した名誉を与えてやる」
 ローザは鎖につながれたように使者に連れられて、城の大広間に入った。
 そこには騎士団員たちがそろっていて、ローザは自分がどうしてこんなところにいるのかわからなかった。
 けれどふいに見覚えのある騎士が進み出て、ローザの数歩先で立ち止まる。
 それは不思議なまなざしでいつもローザを見ていた、あの騎士だった。
 使者は尊大な様子で騎士に声を投げる。
「騎士団長よ、約束だ。公女を差し出す代わりに、大公一家の亡命を認めてもらう」
 ローザはその言葉に耳を疑う。
「な……」
 自分は公女ではなく、ただの街の食堂娘だ。そう言いたかったが、使者ににらまれて声が出ない。
 騎士団長と呼ばれた灰色の瞳の騎士は、ローザを不思議とおだやかにみつめた。ローザはそのまなざしに戸惑って、恐れとは違う心地になる。
 騎士団長はローザに手を差し伸べて、そっと彼女の手を取る。人質にするものにしては、それは案外に優しい仕草だった。
「いいだろう。確かに公女の身柄を受け取った」
 それでローザの預かり知らぬ契約は成立して、ローザは騎士団長の人質の身になったのだった。
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