勇者倒しに行ってきますっ! 〜天才少年は最強王女のお気に入りなのです〜

16 好敵手 後編




「はぁ……はぁ……」

 シンは荒い息を吐く。

(勝った……勝ったんだ…………)

 ただ、オリバーに勝利したということだけが頭を回る。

(こんなにも魔力と集中力を使ったのは初めてだ)

 やはり実戦は違う、とシンは知った。

「人間」
「オリバー様」

 オリバーがシンに近づく。シンは多少なりと警戒する。

「強かった。お前は、強かった」
「オリバー様……」

 オリバーはシンに手を差し伸べる。

「いい試合だった」
「! そうですね。ありがとうございました」

 互いの手を握り、見つめ合う。

 そんな二人にオズヴィーンがやって来た。

「二人とも、お疲れ様」
「オズヴィーン騎士団長……!」
「師匠……」

 オズヴィーンは二人の頭をガシッと掴むと、髪をぐしゃぐしゃにした。

(ちょっと痛い……)
「頑張ったな」
「師匠……。いえ、まだまだです」
「ふっ、その言葉が返ってくると思っていた」

 オズヴィーンはオリバーを見る。そして、信じられないことを言った。

「オリバーもありがとな。もう、『変装』は解いていいぞ」
「!?」
「了解です」
「!!?」
(どういうことだ?)

 オリバーの声が先ほどよりも高くなる。変装用マスクを剥ぎ取り、カツラを取ったオリバーは、全くの別人だった。

(…………まじか)

 サンフラワーの金髪。
 ネイビーブルーの碧眼。
 口元の甘い笑顔は同性でさえ魅了する。
 オリバーはシンと並ぶ美少年だった。

「騙しててごめんね」
「……いえ、別に」
「提案者は団長だって言っても?」
「…………」
(嘘だと言ってくれ)

 シンはオズヴィーンに視線を向ける。

「そう冷たい目で見るな、シン。君ぐらいの歳になると皆、自分の力を過信しやすくなるんだ。シンよりも強い者はまだまだ沢山いる。そのことを知ってほしかったんだ」
「だとしても、酷いですよ師匠。条件が最悪です。現実的(リアル)な状況にするだなんて……」
「そうでなければ、君は本気を出さないだろう? 現に今、かなり疲れている。いいことだ」
「…………」

 今回の試合で、シンは物理的にも精神的にもかなり追い詰められた。アストライアの従者という座を奪われたくなかったし、奪われればシンの居場所がなくなるからだ。

「だが、いい経験になっただろう? オリバーはシンとそう年齢も変わらないし、強さもある。偽っていたのは見た目とアストライア様の従者の座を狙っていたということだけだ」
「そうですけど……」
「ところでシン」

 オズヴィーンは急に話題を変えた。

「口調が途中から荒くなっているのは自覚しているのか?」
「…………あ」

 オズヴィーンには稽古以外に口調や知識なども指導してもらっている。最近は矯正の効果が現れてきたと思っていたのだが、残念ながらまだ全ては直しきれていないようだ。

「まぁまぁ、『僕』も時々混ざることあるので今日は多めに見てあげてくださいよ」
「……僕?」
「オリバー・エーレンルーアの一人称は僕。俺、とか私、の時は団長からの依頼で変えている証拠。次会っても一人称が僕じゃなかったら、ちょっとの関わりだけで済ませてくれると嬉しいな」
「わかりました」

 後にシンはオズヴィーンから伝えられるのだが、オリバーは隠密捜査や潜入部門の若きエースだ。完璧な変装や声の高低と口調を変えられることが強みで、一日にいくつもの姿をとることもある。

 付いた二つ名が偽りのオリバーだそうだ。

 どの姿が本物かわからないため、どの姿も偽りなのではないか、本物はまだ誰にも見せていないのではないか、と言われている。

「アストライア様の従者候補だったのは本当だよ? アストライア様はあの歳で筆頭魔術師殿に並ぶ最強の少女と謳われる力を持っているからね」
(そんなこと、俺が一番知っている……)

 アストライアに力があるのは、シンもよく知っている。シンがまだ剣も握れない弱者だった頃に、その強さを嫌というほど思い知らされたからだ。

「そんなアストライア様の専属騎士……これ以上の名誉はないほどの地位だけど、一番の理由は……」

 オリバーはシンにふっと微笑む。

「下心、かな」
「っ!」

 シンは剣に手をかける。オリバーは「ちょっとした冗談だって、ね? ね?」とと言ってシンを宥める。

「冗談ぐらいは通じた方がいいよ」
「……わかりました」
「あと、僕に対して様付けとか敬語とか使わないでくれると嬉しいな、シン」
「っ…………わかったよ、オリバー」
「そ。それでお願い」

 シンがオリバーのことを呼び捨てに、オリバーがシンのことを名前で呼んだのは、これが初めてだった。

「今度」

 唐突にオリバーは切り出した。

「魔界中の剣士が集い、最強を決める剣術大会が行われる」
「剣術大会……」

 シンも名前は聞いたことがあった。非常に名高い大会で、上位に入賞すれば尊敬され、魔族たちからも認められる。

「シン、君も出ないか? 僕ももちろん出場する。君の力を示す絶好のチャンスだ。……まぁ君なら答えはもう決まってるだろうけど」
「出るよ」

 シンの決意が揺れることはない。

「俺は、強くなって、出るよ」

 アストライアがシンの味方でいてくれるから。
 そんな言動を、愛と言う名だと知ったから。
 それがすごく嬉しかったから。

 そして、あの日誓った、アストライアのために強くなろうという決意が日を重ねるごとに強くなるから。

「アストライア様の専属騎士の座は、誰にも渡さない。渡したくない」

 シンはあの日、初めて会った日に誓ったことと同じことを言った。

「絶対、強くなるから」

 次会う近い未来に、シンは思いを馳せた。


 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


(いやぁ、面白かったなぁ)

 オリバーは内心、すごく楽しんでいた。

(俺の一個下だし、手加減してやろうと思ってたけど……途中から加減するの忘れちゃった)

 オリバーは戦闘を楽しむタイプの魔族だった。

(団長と筆頭魔術師殿の愛弟子……。これからの成長に期待大だね)

 オリバーは草むらを掻き分け、小さな野花が咲いているところで立ち止まると、一言紡いだ。

「そこにいるのはわかってますよ、ヒューリ筆頭魔術師殿」
「ーーーー………………」

 風が辺りを吹き抜ける。そしてーー

「……なーんでバレちゃったかな?」

 ヒューリが現れた。

「長年の騎士としての勘ですよ」

 そう言ってはいるものの、本当は魔力探知と視線で知ったのだ。

「いや、まだ君は12歳だろ?」
「12年って短いですかね?」
「短い短い。君は私が何歳だと思っている?」
「29ですよね。知ってます」
「こういう時はとぼけることをお勧めするよ、オリバー」

 筆頭魔術師であるヒューリと砕けて話せるのはヒューリの親族と友人以外にオリバーだけであろう。

「いやぁ、途中からオズヴィーン騎士団長の依頼だってことを忘れて楽しんでしまいました」
「おや、本当かい? シンはどうだった?」
「あの歳であの力は末恐ろしいですね。僕の【領域】に対して瞬時に理解、【領域】の発動は素晴らしいと思いました。ヒヤヒヤしちゃいましたよ」
「そうかそうか。だけど君なら物足りないと思ったんじゃないかい?」
「…………」

 オリバーもヒューリも笑っている。この二人以外から見れば、これ以上に恐ろしいことはないだろう。

「そうですね……。僕の力を『半分も出せていない』のにアストライア様の従者になっていいのか、と思いました」
「ふっ、そうだと思った」

 ヒューリはオリバーに尋ねた。

「さっき、アストライアの従者になりたかったのは下心って言ってたけど」
(……聞こえてたんだ)
「下心っていうのはアストライアに対する思いじゃないんだろう?」

 どうしてこう、天才は勘が鋭いのだろうかとオリバーは不思議に思った。

「えぇ。……僕の幼馴染が、アストライア様付きのメイド見習いになったと最近聞きましてね。初めはどうでもよかった専属騎士の座が、どうしても欲しくなりまして。それもあって僕はシンと勝負をすることにしたんです」

 オリバーの胸ポケットにはロケットペンダントが入っている。その中には、オリバーの初恋の相手……今のアストライアの見習いメイドと幼い頃に撮った写真が写っている。

「では、僕はこれで失礼します」
「ん、またな」
「はい、また」

 シンはヒューリと別れ、また新たな変装用マスクとカツラを取り付ける。声も口調も、歩き方さえもコントロールしていく。

(じゃ、次の仕事しますか)

 その時、オリバーの口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。


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