初恋の終焉〜悪女に仕立てられた残念令嬢は犬猿の仲の腹黒貴公子の執愛に堕ちる
戦闘服
「お嬢様!! 我慢してください。このコルセットをもう少し締めますので!!」
「ミリア、これ以上は無理。た、倒れてしまうわ……」
「問題ございません。倒れてもハインツ様が責任を持って支えてくださいます。どちらかというと、倒れた方がようございますね。しっかりお姫様抱っこされて、周りのご令嬢を見返してやりなさい。あっという間に『エリザベス様、ハインツ様に捨てられる説』を覆せますから」
ギュギュウと締め付けられるコルセットに、エリザベスの口から出てはいけないものが出そうだ。しかし、今夜だけは失態を見せるわけにはいかない。もう少し緩めてもらいたいと口走りそうになるが寸前のところで口を塞ぐ。
あの勝負服、いいや戦闘服を完璧に着こなすには、これぐらいの苦しさは致し方ない。壁にかけられた真っ赤なドレスを見てエリザベスは気合いを入れる。
今夜のために仕立てられたドレスは、光沢のある真っ赤なマーメイド型のドレスだ。今の流行とは違うが、悪女の戦闘服としては申し分ない。大きく開いたデコルテを飾るのは精緻な細工が施された黒のレース、腰から下には細かいライン状の黒薔薇の刺繍が大胆にあしらわれ、散りばめられたスパンコールがキラキラと輝く。
数名の侍女の手を借り、エリザベスは戦闘服を身につける。
「エリザベス様、完成です。まるで、闇夜に舞い降りた夜の女王のようですね。お綺麗ですよ」
ハーフアップに髪をまとめた自分の姿が鏡に写り、エリザベスは感嘆の声をもらす。
きっちりと髪をまとめていないせいか、鏡に写るエリザベスは危険な色香を放っていた。
「あとは、こちらをどうぞ。ハインツ様からの贈り物です」
綺麗に包まれた箱のリボンを解き、蓋を開ける。
「ブラックダイヤのネックレスとイヤリング……。ハインツ様の色だわ」
ミリアの手を借り、エリザベスはネックレスとイヤリングを身につける。
(ハインツ様の色をまとっていると思うだけで、勇気が湧いてくるわ)
今夜は隣に彼がいるのだ。壁の花だった過去のエリザベスとは違う。
ウィリアムも、マリア男爵令嬢も、エリザベスが来るとは考えてもいないだろう。今頃、王城で開かれる夜会の準備で大忙しだ。何しろ今日は悪役令嬢を社交界から追い出し、悦に浸る二人の結婚を祝う披露目の夜会が開かれるのだから。その主役二人にエリザベスの事など考えている余裕などない。
(せいぜい、幸せな今を満喫すればいいわ)
観劇の中で騎士に捕えられ項垂れていた悪役令嬢が脳裏に浮かぶ。
(貴方の末路は、まだ決まっていないわ。末路を決めるのはこの私)
心に覚悟を決め、エリザベスは立ち上がる。
「――ミリア。今まで本当にたくさん迷惑をかけたわ。危ない目にも合わせてしまったわね。本当にごめんなさい」
「お嬢さま……」
「私、強く賢くなりたいの。ウィリアム様の時は、信頼出来る方達の言葉に耳を塞いでしまった。ハインツ様の時は、彼を信用できず、罠に嵌り皆を危険にさらしてしまった。私ね、周りを冷静に判断する賢い頭と、大切な方の言葉を信じる強さが欲しいの。それには、信頼出来る方達の言葉を聞き、真実を見抜く目を養わなければならない。ミリアの言葉はいつも正しく私を導いてくれた。ミリア……、これからも側で、ダメダメな私を叱ってね」
エリザベスは泣き出してしまったミリアを抱きしめ、涙を堪える。
「申し訳ありません。ドレスが汚れてしまいますね。こちらこそよろしくお願い致します」
ミリアの言葉にエリザベスの瞳からひとすじ涙が溢れ落ちる。
恵まれていると思う。
父に、兄に、ミリアに、アイリスに、ミランダに……
弱いエリザベスに寄り添い、支えてくれた人達の顔が脳裏に浮かび消えていく。
彼らがいなければ、エリザベスはきっと変われなかった。ウィリアムに婚約破棄されたことをウジウジと悩み今でも前へ進むことは出来なかった。
たくさんの人に支えられて今のエリザベスがある。そして、ハインツの存在――
扉を叩くノックの音に、エリザベスは現実へと戻される。
「ハインツ様がお越しになりました。エントランスでお待ちです」
「今行くわ。ミリア行ってくるわね」
泣き笑いの表情を浮かべたミリアに見送られ私室を出ると、エントランスの扉付近に佇むハインツを見つけエリザベスは笑み崩れる。
黒の燕尾服に、ブルーサファイアとブラックダイヤが品よく配置されたブローチとカフスボタンを身につけたハインツの姿に、エリザベスは見惚れてしまう。
(私の瞳の色を纏うハインツ様……、なんて素敵なの……)
まるで時が止まったかのような一瞬に、エリザベスは目が離せなかった。
「エリザベス、真っ赤なドレスなのですね。とても素敵です。それに、ブラックダイヤのネックレスとイヤリング、よく似合っている。私の色を纏うエリザベスは格別だ」
ニヒルな笑みを浮かべ賛辞の言葉を言うハインツの変わらぬ様子に、エリザベスの心の奥で燻り続けていた不安が消えていく。
「ふふふ、そうでしょう。今夜の舞台にふさわしい悪女に仕上がったかしら」
「えぇ、まるで妖艶な色香を放つ夜の蝶のようだ」
「お上手ね。ハインツ様まで惑わされないでくださいましね」
「ははは、もう貴方に酔っているのかもしれない。では、参りましょうか、エリザベス」
差し出された手に手を重ねた途端、引き寄せられ腰を抱かれる。
ハインツにエスコートされエントランスを出たエリザベスは、シュバイン公爵家の馬車へ乗り王城への道をひた走る。
車窓から外を眺めれば、第二王子と男爵令嬢の婚礼の儀を明日に控え、街はお祭りムードに包まれていた。