初恋の終焉〜悪女に仕立てられた残念令嬢は犬猿の仲の腹黒貴公子の執愛に堕ちる
ハインツ視点
「悪趣味な事だ……」
ジメジメとした通路を進み、目の前に現れた扉の中へ入ったハインツが悪態をつく。鉄格子の中に設られたベッドといい、壁に繋がれた鎖と枷といい、この部屋がどのような目的で使われていたかなど簡単に想像できる。
この部屋にエリザベスを繋ぎ、飼い殺すつもりだったのか。頭をよぎった考えに、瞬間的な怒りがハインツの全身を支配する。
(さっさと目的を果たしこの部屋を出るべきだ。さもないと、怒りで奴を殺してしまいそうだ)
グルっと部屋を見回し、ハインツは違和感を探す。豪華な調度品や家具が置かれた室内の中、この場所には不似合いな棚が一つ。鉄格子がある部屋に置かれた本棚など違和感でしかない。
ハインツは、スッと本棚に近づくと棚に詰められた本をゆっくりと手でなぞる。綺麗に並べられた本の中、一箇所だけ飛び出ている箇所があった。目視ではわからない程度の僅かな出っ張り。それを押した時だった。壁の一角が迫り出し、その中に目的のものを発見し、ハインツはニヤリと笑う。
「これで、側妃を追いつめられる」
側妃とマレイユ伯爵の裏取引を示す証拠。ペラペラと紙をめくるハインツの笑みが深くなる。
「禁止薬物の売買に関する取引書類から奴隷男娼の派遣依頼まで、側妃の直筆サイン入りとは……。あの男、トカゲの尻尾切りをかなり警戒していたようだ」
どの世も、切り捨てられるのは末端で動く者達だ。都合が悪くなれば真っ先に捨てられる。裏界隈の元締めをしていたあの男は、その事を知っていたのだ。だからこそ、こちらの裏取引にも応じたのであろうが。
隣国の国境付近に逃げた男の事を思い、ハインツは憐憫の笑みを浮かべる。
(あの男はわかっていない。尻尾は、尻尾でしかないと言うことを。国境付近で消されている頃だろうか)
そんな事をぼんやりと考えながら、ハインツは悪趣味な部屋を後にする。
(さて、そろそろ奴が来る頃か。最後の仕上げと行こうではないか)
♢
「貴様ら!! 何をする!!」
部屋に響いた怒声に豪奢な椅子に腰掛け成り行きを見ていたハインツは顔を顰める。
「少々静かにして頂けますか? 耳障りです」
扉が開かれた瞬間、奴の背後に控えていた護衛二人に倒され、後ろ手に縛られ転がされたレオナルド・マレイユを見下ろしハインツは口を開いた。
「なぜ貴様がここにいる!? 支配人はどうした?」
「支配人ですか。あぁ、あの黒づくめの男達ですか。王城の地下牢に居ますね、公爵令嬢誘拐未遂の罪で」
「なんだと! そんなはずは……、いや違う。俺は関係ない。支配人とは娼館のオーナーと客の関係でしかない。縄を解いてくれ。そもそもハインツ殿に俺を捕らえる権利はないはずだ。俺は伯爵子息だぞ! 早く解放しないと問題になるぞ!!」
「そうですか。では、こちらの罪状も関係ないと」
床に転がる奴の目の前に書簡を垂らす。
『マレイユ伯爵及び子息レオナルドを拘束する権限を与える。罪状は以下の通りである』
「奴隷取引、違法麻薬取引、違法賭博、貴族に対する恐喝、誘拐……、なかなかの罪状ですね。お分かりになりましたか? これだけの罪状がマレイユ伯爵家にはかかっています。私は王城取締官官長の任を陛下から賜っております。貴方を捕らえることは可能なのですよ」
「――お、俺は知らなかったんだ! 父が勝手にやった事で、俺は関係ない」
「あとこれに、ベイカー公爵令嬢誘拐未遂も加わりますね」
「それこそ濡れ衣だ。俺は、ベイカー公爵令嬢に会った事もない!」
「そうですか。お認めにならないと」
まだ逃れられると足掻く男に真実を教えてやる。
「いい事を教えてあげましょう。今回のエリザベス嬢誘拐計画は全て筒抜けだったのですよ。いいや、違うな。貴方は、私の手の上で踊っていただけ。あらかじめ計画されていた誘拐事件の駒として動かされただけと言えばわかりますか」
「そんな……、まさか。じゃあ、マリアはお前と結託して……」
「はは、おかしな事を言いますね。なぜ私があのような尻軽女と結託しなければならないのですか。簡単な話ですよ。貴方とマリア男爵令嬢の悪巧みが筒抜けだっただけのこと。何も不思議に思わなかったのですか? あまりにも事がうまく進みすぎていると。手の内を明かしましょうか。貴方についていた護衛はシュバイン公爵家の影の者達でね、貴方が支配人と話した内容は全て報告があがっていました。その上で、私が教会へ行く日時を流し今回の誘拐計画が遂行されたと言う訳です」
「全て仕組まれていた……」
「えぇ、裏で少々細工させてもらいました」
「――貴様! 嵌めやがって!!」
激昂し暴れ出した男を冷めた目で見つつ、組んでいた足を元に戻し立ち上がったハインツは、間髪入れずにレオナルドの顔面を蹴り飛ばす。その反動で飛ばされたレオナルドの身体は壁にぶつかり、力なく落ちる。
その様を見つつゆっくりとレオナルドに近づいたハインツは、奴の髪を掴み顔を上げさせた。
「エリザベスに手を出そうと思った時点でお前の人生は終わったんだよ。この罪状じゃ、家族諸共、極刑は免れない。だが、ただ死ぬだけでは軽いな。俺の怒りがおさまらん。死んだ方がマシだと思える重罰刑にするのもいいかもしれんな」
顔を腫らした奴の目が恐怖に見開かれ、身体がガタガタと震え出す。
やっと俺の逆鱗に触れた事を理解したか。
「な、なんでもする!! 命だけは助けてくれ!!!!」
「では、協力してもらおうか。協力次第では、海を渡った先の国への国外追放にしてやる。かの国は、実力主義の軍事国家だ。平民でも実力次第でのし上がれる。最大限の温情を与えてやろう」
悪魔の囁きに、必死で首を縦に振る男を見てハインツは笑みを深める。
馬鹿な男だ。望み通り隣国への国外追放にしてやろう。実力主義の軍事国家といえども、罪人に対する扱いは異なるという事を知らぬとは。自分だけ助かるなど、そんな旨い話ある訳ないのにな。
「連れて行け」
静けさを取り戻した部屋で、ハインツは一人語つ。
「エリザベス、あと少しで貴方を手に入れられる。やっと、長年の想いが叶う……」