初恋の終焉〜悪女に仕立てられた残念令嬢は犬猿の仲の腹黒貴公子の執愛に堕ちる
ウィリアム視点②
「――何をするのです!? 離しなさい!」
あっという間の出来事だった。
ハインツの合図とともに会場内へと入ってきた白の隊服姿の騎士達に捕らえられ、膝をついたマリアの姿に会場内が騒然となる。
「貴様!! マリアに何をする!」
「少々お静かになさいませ、ウィリアム殿下。マリア男爵令嬢には様々な嫌疑がかけられています。もちろん、陛下からも、この場で捕らえる許可は出ています」
スッとウィリアムの目の前に突き出された文書には、マリア男爵令嬢及び、マレイユ伯爵の捕縛を許可する陛下直筆のサインと罪状が書かれていた。
「高位貴族に対する暴言、暴力。婚約者及び妻帯男性に対する不貞行為。ベイカー公爵令嬢誘拐未遂……、なんだこれは……」
「あぁ、エリザベス誘拐未遂に関しては、マリア男爵令嬢が黒幕で確定ですね。その他、諸々はマレイユ伯爵が黒幕でしょうけど、彼と身体の関係もあったマリアさんが知らない訳ないですよね」
マレイユ伯爵とマリアとの間に身体の関係があった……、嘘だろ……
俺が求めていた理想の女性が虚像だったとでも言うのか。
王城取締官に捕らえられたマリアをウィリアムは唖然と見つめる。優しくて可憐なマリアの姿が音を立て崩れていく。
「嘘よ! そんなのでっち上げよ! 誰かの陰謀ですわ。そうです……、そこにいるエリザベス様が、私とウィリアム様の結婚を妬み計画したのよ!」
「マリア男爵令嬢、貴方は何も知らないと言う。なら、こちらの方もご存知ないと?」
ハインツの指示で王城取締官二人に連れられた男が入ってくる。その男の顔にウィリアムは見覚えがあった。
レオナルド・マレイユ。マレイユ伯爵の息子であり、ウィリアムの右腕を務める男でもあった。後ろ手に縛られ、入室して来たレオナルドを見た貴族共がざわつき始める。
「こちらの方は、先日公爵令嬢誘拐未遂事件で捕まった犯人です。マリア男爵令嬢は、こちらの方をご存知ない?」
「そちらの方は誰ですの? 私知りませんわ。ウィリアム様、助けて……」
怯えた目をしてウィリアムに助けを求めるマリアの姿は、不審感でしかない。以前のようにはもう、マリアを見ることが出来ない。
マリアもまた、ウィリアムの最も嫌う『自己の利』しか考えない強かな女だったということなのか。
「――マリア! お前だけ逃げようったって、そうは行かないからな!」
喚き散らし始めたかつての友の言葉が、さらにウィリアムを追いつめる。
マレイユ伯爵のみならずレオナルドとの肉体関係から、公爵令嬢誘拐未遂事件の真相に至るまで、全てマリアが計画したもので、エリザベス誘拐後は隣国へ売り飛ばすように指示までされていたとレオナルドが暴露したのだ。
「マリア、お前の下僕に成り果てたマレイユ伯爵家は、ウィリアム殿下と結婚するお前の指示に従わざるを得なかっただけだ。全ての黒幕は、お前じゃないか!!!!」
「違いますわ……、違う……、私は知りません。ウィリアム様、助けて!」
髪を振り乱し、縋るような目を向けてくるマリアにはもう、嫌悪感しか湧かない。そんな彼女からウィリアムが目を逸らした時だった。
つん裂くような悲鳴が上がり、エリザベスに向かい血走った目をしたマリアが突進して行くのがウィリアムの視界の端に入る。あっと思った次の瞬間には、ハインツの手により床へと転がされたマリアが衛兵に捕らえられていた。
伸ばした手はいったい誰に向けられたものだったのか……
衛兵に捕らえられてなお、呪詛の言葉を吐き散らすマリアの姿に、そんな疑問も消え去ってしまう。
「エリザベス! 貴様が私から全て奪ったんだ。お姫様だった私からすべて! 私は貴様から取り返しただけだ。お姫様の地位も、王子様も……。何も悪くない。エリザベスさえいなければ幸せになれたのに!!」
「目障りだ。連れていけ」
衛兵に連れられ退場していくマリアを見ても、ウィリアムの心には何の感情も浮かばない。
(結局、この女も違ったのだな)
慎ましやかで、優しく、俺の全てを受け入れ甘やかしてくれる理想の女性。
「エリザベス大丈夫ですか?」
「えぇ……」
鈴を転がすような声に誘われ、視線を彷徨わせるとハインツに抱きしめられたエリザベスが目に止まる。
いるじゃないか……、俺の理想が……
俺の行動に文句一つ言わず、ずっと愛を注いでくれた女性が。
引き寄せられるようにウィリアムは一歩を踏み出していた。