初恋の終焉〜悪女に仕立てられた残念令嬢は犬猿の仲の腹黒貴公子の執愛に堕ちる

大切な人達


 紺碧の空の下、静かな森の中に佇む教会。燦々と降り注ぐ陽の光がステンドグラスを抜け、赤、青、黄色と色鮮やかな光が教会の内部を照らしていた。

 長かった……

 礼拝堂の入り口、扉の前に立った私は今日のこの日に至るまでの日々を振り返る。

 ハインツ様が『婚礼の儀の許可証』を携え、ベイカー公爵邸に現れてからどれくらいの時が過ぎただろう。

 あの日から一年以上、婚礼の儀を挙げられなかっただなんて、普通は考えられない。『これも、全てお父さまのせいよ』と言いたいところだが、今朝の父の様子を思い出し、クスっと笑みが溢れた。

 花嫁からの最後の挨拶に、泣きじゃくった父。あんな姿の父を見るのは初めてだった。いつ何時も物事を冷静に判断し、家族の前で感情を露わにする事などない、威厳たっぷりの父だ。まさか、泣き崩れるとは思わなかった。

 礼拝堂の最前列に厳しい顔を崩さず座っているであろう父を想像し笑み崩れる。

 愛されていると思う。父、兄、ミリア、ベイカー公爵家に仕えている皆……

 母が死に感情を失ったエリザベスに本気で向き合ってくれた人達。ウィリアム殿下への恋を拗らせ、わがままを通したエリザベスを諭し、根気強く接してくれた人達。

 今まで出会い、支えてくれた人達の顔が脳裏を巡り、胸がいっぱいになった。

「お嬢様、泣かないでくださいよ! 私の最高傑作を崩したら、ただじゃおきませんからね」

「そう言うミリアだって……、泣いているじゃない」

「そりゃ、そうですよ。手塩にかけて育てたお嬢様の晴れの舞台です。しかも、ベールを降ろす役目を私に指名されるなんて、何を考えているんですか。本当、私を泣かせたいんですか」

 本来であれば花嫁の母が最後に行う儀式をミリアに頼んだのには、きちんとした訳がある。彼女以外には考えられなかった。

 母が亡くなり、感情を失ったエリザベスにずっと寄り添い続けてくれたのはミリア。彼女が居たからこそ本当の意味でエリザベスは感情を取り戻せたのだ。

 あの泉でハインツに助けられた日、ずぶ濡れのまま公爵邸へと戻ったエリザベスをミリアは本気で叱ってくれた。泣きながら紡がれる言葉一つ一つが、心に突き刺さり、いかに自分が罪深い事をしていたのかを知り、本気で変わらなければと思えたのもミリアの言葉があったからこそだ。

(いつ何時もダメダメな私を諭し、導き、一番の味方でいてくれたのはミリアよね)

友のような、姉のような、母のような存在でもあった彼女が居たからこそ、エリザベスは、エリザベスらしくいられたのだと思う。

「ミリア、本当に今までありがとう。貴方と離れ独り立ち出来る自信なんて無いけど、私絶対に幸せになるわ。ミリアが心から安心出来るように誰よりも幸せになるから見ていてね」

「当たり前です。これで幸せにならなかったら、許しませんからね!」

 縁に美しい刺繍が施されたベールが下され、白みがかった視界の先に見えるミリアは泣いているようにも見える。

「エリザベスお嬢様、お時間でございますよ。ほらっ、私の事は気にせず存分に晴れの舞台を楽しんで来なさいな」

 ポンっと背中を押され扉へと向き直ると同時に、讃美歌の美しい歌声と共に、扉が開く。ゆっくりと顔をあげれば、こちらを見つめる愛しい人が微笑んでくれたような気がした。

(ハインツ様……)

 厳かな雰囲気に包まれた礼拝堂。両側に設えられた長椅子には見知った顔ばかりが座る。祭壇へと向かい歩く道ですら、涙が溢れそうになり見えない。

(しっかりするのよ、晴れの舞台なんだから!)

 スッと前を向き、しっかりとした足取りで歩きだしたエリザベスを温かな讃美歌のメロディーが包み込む。そして、ハインツの隣へと立ったエリザベスへと司祭が微笑みかけた。

 遠いあの日へと記憶が遡る。

 母の死に多くの人が悲しみにくれた日。目の前に立つ神父もまた、悲痛な表情を浮かべ涙していた事を覚えている。

 天国でこの日を心待ちにしていたであろう母へ語りかける。

(お母さま、エリザベスはたくさんの人に支えられ、この日を迎える事が出来ました。幸せになります。ハインツ様と共に幸せな人生を……)

 脳裏に浮かんだ母が優しく微笑んでくれた。

 

 
< 65 / 66 >

この作品をシェア

pagetop