公爵令嬢ヘレーネの幸せな結婚

◇候世子の秘密◇

 展示室の出会いから、王宮でタクシス侯爵に連れられたアントンの姿を頻繁に見かけるようになった。
 アントンと他愛もない会話を交わすようになって五年ほど経った1848年の春──。

 ウィーン体制で抑圧されていた自由主義と国民主義は、燃え上がるようにヨーロッパ諸国で反乱を巻き起こし、長きに渡りヨーロッパに平和と安定を(もたら)したウィーン体制は終焉に向かう。

 “諸国民の春”にバイエルン王国も反乱の気運に巻き込まれ、市民集会が暴動に発展。
 外国人の踊り子ローラ・モンテスとの醜聞を咎められたバイエルン国王ルートヴィヒ一世は退位に追い込まれ、息子のマクシミリアン二世に王位が譲られた。

 テレーゼ王妃の美人画は描かれることなく、国王の美人画コレクションは王宮(レジデンツ)から離宮(シュロス)へと移送された。


 春に始まった革命の嵐は、秋には勢いが削がれ落ち着きを取り戻した。

「シシィったら、課題も出さないで何処に行ったのかしら……」

 へレーネは、木枯らしの吹くミュンヘンの街道を駆け抜ける。
 平和を取り戻しつつあるとはいえ、最近のエリーザベトは街にふらっと出ていってしまうことが増えた。

 家庭教師のヴルフェン男爵夫人は、勉強しないで遊んでいるエリザベートに鬱憤を募らせると、ルドヴィカに報告に行く。
 ルドヴィカは金切り声をあげて怒り狂い、エリザベートは癇癪を起こし対抗する。

 父のマクシミリアン・ヨーゼフは常に不在。
 兄のルートヴィヒ・ヴィルヘルムは公世子(エルプヘルツォーク)としての教育を受けるため家を出ている。

 マクシミリアン宮殿で諍いの火蓋が切られると、宥める役目を担うのはへレーネしかいない。
 争いの火種は小さいうちに消すに限る。

 角を曲がると、亜麻色の髪を揺らし町娘のように軽快に歩くエリザベートがいた。

 声をかけようとして、ヘレーネは固まった。
 エリザベートの横を親しげに歩くフードを被った青年の姿に見覚えがあったからだ。

(アントンが、何故、エリザベートと一緒にいるの……?)

 ヘレーネは自分の喉が急速に渇いていくのを感じた。
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