公爵令嬢ヘレーネの幸せな結婚
 静寂が戻り、エリーザベトは、もう一度ベットに寝ころんだ。
 亜麻色の長い睫毛が、涙の雫をはじく。

 脳裡には、昨夜の皇帝の誕生前夜祭の光景が広がる。
 フランツ・ヨーゼフの情熱的な視線をエリーザベトは甘く反芻した。

 “何一つも可愛いところがない”

 母のルドヴィカはいつもエリーザベトに厳しく駄目出しをして褒めてくれない。
 エリーザベトを出来損ないの最悪な気分にさせてくれる。

 家庭教師のブルフェン男爵夫人だって青筋を立てて、エリーザベトを追いかけまわし文句をつけてくる。

 それなのに──。
 エリーザベトは皇帝の心を掴んだ。
 ヨーロッパの歴史を紡いできた名門中の名門ハプスブルグ家の皇帝フランツ・ヨーゼフを夢中にさせたのだ。

 誕生前夜祭の舞踏会で、フランツ・ヨーゼフは誰とも踊らなかった。
 ただただ、エリーザベトを熱く見つめていた。

 周囲がざわつき母や伯母の大公妃が動揺して可笑しかった。
 いつもは冷静な姉は青褪めて固まっていた。

 そして、舞踏会のフィナーレを飾るコティヨンをエリーザベトと踊りたいと望んだ。

 ダンスが終わると、蕩けるような甘い表情で大きな花束を渡してくれた。
 歓声が上がり大騒ぎになった。

「フランツがそばにいて、ずっと一途に私を愛して守ってくれる……」

 輝くばかりに眩しく素敵な未来が、エリーザベトを待っている。
 令嬢たちの羨望の眼差しは、エリーザベトの自尊心を満たし幸せな気分にさせてくれた。

 同時に、ゾフィー大公妃の眉根を寄せた表情も、困惑した母親の姿も思い出して、エリーザベトは落ち着かなくなった。

「なんで彼は皇帝なんだろう。……皇帝じゃなければ良かったのに」

 虚空に向かって呟いた言葉は、誰もいない部屋に広がって消えた。
 ぶるっと震えが背中を駆け上がっていった。

 急に息苦しくなり、心臓の音がやけにドクドクと騒がしい。

 太陽が顔を出し始め、小鳥たちの囀りが祝福している。
 晴れやかな朝を迎えたのに、部屋の中はやけに薄暗い気がした。
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