公爵令嬢ヘレーネの幸せな結婚
 怒りを湛えるゾフィー大公妃の背中をヘレーネは見送る。
 震えがこみあげてきて膝がガクガクと小刻みに揺れる。

 両手で胸元を押さえ、深呼吸を繰り返す。
 手紙の感触はヘレーネの心強い援軍の存在を伝える。
 激しい鼓動は徐々に収まり、ようやく元に戻った。

 交渉は決裂したが、目的は達成した。 
 ヘレーネが皇妃となれば、皇帝とエリーザベトに恨まれるだろう。

 花嫁候補として連れてこられたヘレーネを一顧だにしないフランツ・ヨーゼフが、ヘレーネを愛するようになるとは思えない。
 愛のない政略結婚は、ヘレーネ自身も望まない。

 大公妃の提案を受け入れることは、全員を不幸とする。
 ヘレーネが身を引くのが最上の選択だ。

 気位の高いオーストリア帝国が、王女ではなく格下の公女に縁談を持ち込む。
 フランツ・ヨーゼフの花嫁選びは難航しているとみていい。

 そして、誕生前夜祭でのフランツ・ヨーゼフの振る舞いにより、他の王家の姫君は恥をかかされるのを恐れて縁談に応じることはないはずだ。

 大公妃の求めに応じず、ヘレーネは縁談を拒絶した。
 フランツ・ヨーゼフの花嫁候補はエリーザベトただ一人となった。

 吉報はやがてエリーザベトの元に届くだろう。
 達成感に満ちたヘレーネは、晴れ渡る空を仰いで微笑んだ。

    ◇◇────◇◇◇────◇◇

 制約の少ないバイエルン公爵家で育ったヘレーネには、想像すらついていなかった。

 ウィーン宮廷という金の鳥籠で、自由を求めも(もが)き苦しむ未来を、愛する妹に(もたら)すことになるとは──。
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