公爵令嬢ヘレーネの幸せな結婚
「おいおい、顔が青白くなってないか。白ワインなんかで酔うなよな」

 マクシミリアン・アントンは据わった目でエムメリヒを睨むように視線を合わせると、搾りだすような声で確認する。

「やはりバイエルンから妃を娶ることになったのか……」
「ああ、そうらしいな。血が濃すぎるとよくないんだが、仕方ない」
「そうか……」

 アントンは茫然として、空になったジョッキを見つめた。
 エムメリヒは渋面になった。何となく、嫌な予感がする。

 酔っ払いの相手は苦手だ。
 だが、本家の坊ちゃんを放置するわけにはいかない。……かといって酔っ払いを家に持ち帰って介抱する羽目になるのも面倒だ。吐いたり暴れたり泣き出したりされても、鬱陶しい。
 若者のお世話は青年皇帝だけで勘弁してもらいたい。

「おーい! 葡萄ジュース(トラウベンサフト)を持ってきてくれ!」
「あら、お連れさん、もう酔っぱらったの?」

 顔見知りの看板娘が笑いながら、白濁した葡萄ジュースをアントンの前に置いた。
 アントンは一気に飲み干した。エムメリヒ将軍のアルコール濃度を下げよう作戦は上首尾だ。

(あのフランツィも結婚か……)

 幼少の(みぎり)より仕えてた我が君主が、ついにご成婚される。
 若さ溢れる看板娘のムチムチの後ろ姿を見送りながら、エムメリヒの胸に言い知れぬ物哀しさが浮かび上がる。

 大公妃のお眼鏡に適うバイエルンの姫君は、おそらくフランツ・ヨーゼフの好みではないだろう。
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