つれない男女のウラの顔
「呼び止めてすみませんでした。あ、ここのローストビーフ美味しいので是非頼んでみてくださいねー」
私が赤面していることに気付いたのか、マイコはそう言って成瀬さんとの会話を終わらせようとする。
けれど彼は、立ち去るどころか、なぜか視線を私に残したまま無言を貫く。
なんで離れてくれないの。塩対応キャラはどこにいった。話が全然違うじゃない。
「…あの、」
あまり見ないでください。と、ハッキリ伝えようとした時だった。
彼の口が静かに開き、慌てて口を噤んだ。
「君もそういう顔をするんだな」
「…え?」
私の顔を見つめたまま、彼は一言そう放った。
話しかけられたことに思わずキョトンとしてしまったけれど、すぐにハッと我に返った私は、誤魔化すように「お酒、弱いんで」とお決まりの嘘を吐いた。
どうやら彼は、私のこの赤くなった顔に反応したらしい。感情が死んでいると言われている男すらも驚かせてしまう自分の体質に、心底嫌気が差した。
「…なるほど。呂律は回ってるみたいだけど、あまり飲みすぎないように」
「はい、お気遣いありがとうございます」
彼は淡々と言葉を紡ぐと、やっと私から視線を外し、奥の席に向かって歩き始めた。
成瀬さんの背中に向かって会釈した私は、思わず大きな溜息を吐いた。
最悪だ。赤面したところをがっつり見られてしまった。
「成瀬さんって普通にお喋り出来るんだね。意外だわー」
「なんでそんな呑気なの…」
両手で顔を覆い俯いて落ち込む私を余所に、マイコは「彼って声もいいのよねー。まあ私の推しには勝てないけど」なんて言いながらケラケラ笑う。
「さいあくだ…」
「そんな落ち込まなくても真っ赤な京香も可愛いよ。あの成瀬さんも京香の赤面に釘付けになってたじゃない。惚れられてたら面白いのに」
「逆でしょ。あの人モテ男なんだよ?“あの女、俺に惚れてるな”って思われたかも」
過去のトラウマが蘇る。好きでもなければ告白もしていないのに、一方的にフラれたあの黒歴史が。
「そんな自意識過剰には見えないけどなー。研究にしか興味がない変態らしいし、意外と鈍感そう」
「そうだといいけど…」
はぁ、と机に突っ伏すと、マイコは「京香ちゃんは考え過ぎなとこあるよねー」とやっぱり笑う。絶対に面白がってる。