つれない男女のウラの顔
「マイコは今頃ライブ会場かな」
独り言を呟きながらキッチンマットも敷いていない床に座り込んでビールを堪能していると、突如「ガタッ」という微かな物音が鼓膜を揺らした。
隣の部屋の人が玄関のドアを閉めた音だろうか。防音がしっかりしているからか、さすがに足音までは聞こえてこないけれど、そこでふと思い出したのはビッグミッションである引越しの挨拶。
ポケットに入れていたスマホで時刻を確認すると、まだ17時を回ったばかりだった。挨拶に伺っても失礼にならない時間帯だ。
でも冷静に考えて、ひたすら片付けをしていた私の格好は決して整っているとは言えない。
スキニーパンツにTシャツというラフなスタイルに、ロングヘアをひとつにまとめただけの、ほぼすっぴん。
さすがにキツいか?いやでも、たった今アルコールを摂取したお陰で少し気分がいい。後になればなるほど緊張して落ち着かないし、早々に済ませておくのもひとつの手だと思う。
「…よし」
ひとまず缶ビールをキッチン台の上に置き、洗面所の鏡で髪型をチェックした。マスクは…挨拶だけだし、まあいいか。今のところ、顔は赤くなっていないし。
次に部屋の隅のダンボールを開けた私は“御挨拶”の文字入りの のしが付いた四角い箱を手に取った。綺麗にラッピングされたその中身は、食器洗剤やラップなどの日用品セットだ。
「隣に越してきた花梨です。よろしくお願いいたします」
うん、イメトレも完璧。